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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第一話 歩き巫女イライザと泣き女の石像
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その11(終) 再会

 窓から差し込む光の色が少し変わりはじめたかと思う頃、ファルコがイライザに声をかけた。


「イライザ……そろそろ扉を閉めよう」


 ようやくか、とイライザは思った。窓の方を振り向くと、少し眩しい。沈みはじめた太陽が、ちょうど窓の上部に差し掛かっている。


 イライザが戸口に歩み寄ったのを見て、ファルコが扉を動かしはじめた。開いたときと同じように、途中から扉は自動で動き出す。


 一瞬ひやりとしたが、戸口に置いた荷袋に引っかかって扉の動きは止まった。完全には閉まらず、少し隙間が空いている。


 胸をなで下ろしながら、イライザはファルコの方を見た。


 彼は扉の裏側の、あの金色の円盤を見つめていた。時折、ちらちらと窓の方にも目をやっている。


 沈みゆく太陽が少しずつ、西の窓の上部から顔を覗かせ始めていた。


「……そろそろだぞ」


 ファルコが言った。


 次の瞬間、イライザはあっと目を見開いた。


 扉の裏の金色の円盤が、窓から現れた太陽の直射日光を浴びてキラキラと輝きはじめていた。


 それを見たファルコが口を開いた。


「やはり、これはオリハルコンだ。太陽の光を受けると、眩いばかりに輝く」


 円盤の輝きは徐々に強くなり、やがて全体が眩しく輝きはじめた。あまりの光の強さに、とても正面から直視することができない。まさに、円盤そのものが小さい太陽になったかのようだった。


「イライザ」


 言いながら、ファルコが右手の壁を指さす。


 振り向いてそちらを見たイライザの目が、再び見開かれた。


 壁の下方に、光の円ができていた。


 太陽の光を受けて輝くオリハルコンの円盤──その磨き抜かれた表面が、鏡となって光を反射しているのだ。


 この部屋が五角形をしているのは、このためだった。扉の裏の円盤に斜めに差し込んだ光が、斜めに反射する。その光の帯が、それぞれの壁に垂直となるように造られているのだ。


 そしてその光の円の左半分には、影ができていた。男の影のようだ。手には長い棒のようなものを持っていて、先端が三つ叉に分かれている。農耕で使う鋤を持っているのだ。


 つまり、この男は──


「シドだ……」


 ファルコが言った。


「どうしてシドの影が……?」


 そのイライザの疑問に、ファルコが答える。


「魔境というものがある。鏡の表面に、微妙な──目では見えないほどの凹凸をつけることで、壁に映すと光の中に像を結ぶ」


 弾圧されている宗教者などが、密かに神の姿を拝むために持っていたりするという。


「あるいはこの円盤の場合は、シドの影の部分はオリハルコンではなくミスリルなのかも知れない」


 ミスリルは色や質感を自由に変えられる。周囲のオリハルコンと同じような見た目にしてシドの形を埋め込み、継ぎ目を消す。そうしておけば──ミスリルはオリハルコンのようには光を反射しないから、壁に映った光の円はミスリルの部分だけが影となる。


 魔境なのかミスリルを使っているのか、どちらなのかは分からないが、いずれにしろ怖ろしいほどに精巧な技術だった。


「今は、扉が完全には閉まっていない。だから、シドの影の位置は少しずれている。だが、もしも扉が完全に閉まったら、どうなると思う?」


 ファルコに言われて、イライザは考えた。


 窓の方向と、そこから差し込む太陽の光。それが円盤に当たり、跳ね返る。扉が完全に閉まった場合、壁に当たる光の位置は、今よりも右側になる。


 その光のできる位置と、円盤の途上にあるのは──。


 そちらに目を向け、イライザは息を呑んだ。


 予想される光の軌跡の線上に、ティアの像が存在している。その台座の高さは、円盤とほぼ同じだ。


 扉が完全に閉まった場合、円盤に反射された光はその途上にあるティアの像によって一部が遮られる。


 そして、壁にティアの影を映す。


 光の円の中のシドの影は、中心にあるわけではなかった。円の左半分に存在している。


 不自然に右側が空いているのは、なぜか。


 そこに、ティアの影ができるからだ。


 つまり光の円の中で、影となったシドとティアが出会うのだ。二人の影が寄り添うのである。


「……出ようか。扉を完全に閉めてやりたい」


 ファルコが言った。


 イライザは黙ってうなずき、二人は静かに部屋を出た。


 扉が完全には閉まらないように挟んであった布袋を回収しながら、イライザは考えていた。


 どうしてファルコは楔を使わなかったのか──。


 彼は、「楔だと抜くのに時間がかかる」と言っていた。


 シドとティアが出会う時間を、少しでも長くしてやりたいと思っていたのだ。


 太陽はいつまでも窓の外にあるわけではない。やがて沈んでしまえば、影はもうできなくなる。


 加えて、太陽がまだ高いところにあるときには、反射した光の円は壁の下の方にできる。イライザが見たのはこの光景だ。


 やがて太陽の位置が下がると、シドの影は光の円とともに上昇しはじめ、ようやくティアの影と出会うことができる。二人が顔を合わせられる時間は、本当に短いのだ。


「……太陽が沈む位置は、毎日変わる」


 部屋の扉を閉め終わったところで、ファルコが言った。


「ちょうど太陽があの窓の外に来るのが、夏至の日なんだろう。太陽の──太陽神ソレイユの力を借りて、一年に一度だけ、二人は再会することができるんだ」


 実際には一日二日、あるいはもう何日間かは、多少位置がずれても影はできるだろう。でも、最もはっきりと、ぴたりと位置が合うのは、今日だけなのである。


 イライザは、ティアの像が毎晩のように訴えていた言葉を思い出していた。


 石像が言った「そうでないと……」という言葉を、彼女は脅し文句として受け取っていた。だが、そうではなかった。「そうでないと、夏至が過ぎてしまう」と、彼に会うことができなくなってしまうと、ティアは嘆いていたのだ。


「可哀想だわ。お伽話では、二人は夏の間中寄り添って過ごせる。でも、ここでは……」


 ほんの数日間、しかも短い時間しか会うことができない。


 泣きそうな顔のイライザに、ファルコが言った。


「だから後世の人間は、二人を空に上げて星にしたのかもな」


 成る程、とイライザは思った。お伽話でも、二人を空に上げたのは太陽神ソレイユではなく、愛の神アモーレだ。


 そして彼女は感傷とは別に、気になったことをファルコに聞いた。


「どうしてティアだけが円盤ではなく、ミスリル像なのかしら?」


「そこまでは分からない。仮説はいくつか考えられるが……」


 例えば、もともとはティアも円盤だったのだが、それが何かの理由で失われた。作り直そうにも、オリハルコンが手に入らない。あるいは、オリハルコンがあっても鏡を作れる技術者がいない。だから、やむなくティアのほうは像にした──。


 しかし、これだとティアの像があれほど精巧な理由は説明がつかない、とファルコは言った。影を作るだけの目的ならば、手に持つマンドラゴラまで細緻に彫り込む必要はないのだ。


 それに二つの鏡の光が合わされば、そこにできた二人の影は薄くなる。


 だからこれは違うのではないか、とファルコは言った。


「もしかしたら、元々の話では……ティアは生き残ったのかも知れない。夫の仇を討った後、未亡人となって嘆き悲しむ彼女に、ソレイユが慈悲を与えた。年に一度だけ、神の力で死んだ夫と再会させてやった。この遺跡は、その場面を再現しているのではないだろうか」


 言われて、イライザは考えた。


 だから像が失われたとき、死人であるシドは影として現れ、生者を模した像であるティアは、それなりにはっきりとした姿で現れたのか……。


 イライザはもう一度、扉の方を振り返った。


 部屋の中では今頃、二人が一年ぶりの再会を果たしていることだろう。


 ちょっとだけ扉を開けて中を覗いてみたいとも思ったが、やめておいた。あまりにも野暮だろう。


 代わりに、彼女は呟いた。


「会えて良かったね。お幸せに……」


 言い終えた彼女の耳に、その声は聞こえてきた。


『『ありがとう』』


 男女の声が重なったような声だった。


 空耳かとも思ったが、ファルコも不思議そうな顔で左右を見回している。


「ファルコ……。いま……」


「ああ……イライザにも聞こえたか? 『ありがとう』と言っていた……」


「ええ、聞こえた……。聞こえたわよ……」


 イライザの目に、ほんのり涙が浮かぶ。


 ファルコが扉の前で魔道書を開き、呪文を唱えはじめた。


「……何の魔法?」


 イライザの問いに、ファルコは答えた。


「≪施錠≫だ。魔法の鍵をかけた。うっかり者が、扉を開いてしまわないようにな」


「そう……」


 これでもう、この扉が開かれることは二度とない。引き裂かれた夫婦の、再会の逢瀬を邪魔する者は、もういない。


 少し寂しげな笑みを浮かべながら、イライザは「さよなら」と小さく呟いて、遺跡の出口へと歩き始めた。



第一話はこれで終幕です。

次回からは、第二話「海竜キッド」を投稿予定です。

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