魔女と催眠魔法
夏木柚子。
二十六歳。
職業、エロ漫画家。
ひょんなことから現在、異世界の魔女と同居中。
「ねぇ、ルルナ」
「はい?」
作画作業中、ペンを止めて、リビング中央のソファにむかって声をかけると、そこに座って難しそうな本を黙々と読んでいた銀髪の魔女が「なんですか」と振り向いた。
「ルルナが暮らしていた異世界には、《催眠魔法》ってあるの?」
「催眠魔法、ですか?」
「ほら、エロ漫画だとよくあるじゃん。催眠アプリとか、催眠術とか。あれって実在するのかな?」
紐の先に五円玉をくくりつけて、ゆらゆら揺らすだけで、他人を思いのままに操る技術。
そーゆーのってフィクションの中だけの存在だと思っていたのだけど……魔女が実在する異世界なら、そーゆーファンタスティックな魔法も実在するのでは? って、ふと思った。
「マンガの参考にするんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね。なんか気になって」
「……ただの現実逃避ですか」
「現実逃避じゃないし。後学の為に知っておきたいだけだし」
「…………」
ルルナがジト目をむけてくる。その表情は「無駄口叩いてないで、さっさと仕事しろ」と雄弁に語っていた。
いや、分かってるよ。〆切りヤバイのは分かってはいるんだけどさぁ。
「貧乳ロリの作画資料が手元になくて、なかなか思ったような絵が描けないんだよね」
「いつものようにネットで画像検索すればいいのでは?」
「最近は規制が厳しくてさ。なかなかロリ画像は手に入らないんだよ」
おもわず「ハァ」と溜息が漏れる。
作画資料さえあれば、すこしは作業も進むのになぁ……。
「というわけで、五分でいいから、気晴らしの雑談につきあってよ」
そう柚子が言うと、ルルナは「五分だけですよ」と肩をすくめながら、本を閉じて、会話をする態勢に入ってくれた。
「さすがルルナ。話がわかる」
「居候の身ですからね。家主の頼みなら無下にできませんし」
「それじゃ、ついでに冷蔵庫からコーラとってくれる? 家主からのお願い」
「調子にのらないでください」
とか言いつつも、ルルナは魔法を使ってくれる。ソファに立て掛けられていた杖を手にとり、
「《telekinesis》」
ルルナが呪文を唱えると、杖の先端からピンク色の光線が発射され、それがリビングの隅に設置されたポータブル冷蔵庫に直撃。すると、冷蔵庫の扉がひとりでに開いて、中からペットボトルのコーラが一本、ふわりと浮いて飛んできた。
どういう原理かわからないけど、魔法って便利だなーって、つくづく思う。
「ありがと」
柚子はコーラを受け取ると、さっそく蓋をあけて、黒いシュワシュワの液体を喉へ流し込んだ。
ぷはー、うまい!
「んで、催眠魔法なんだけどさ。異世界には実在するの?」
閑話休題。
さきほど疑問に思ったことを尋ねると、ルルナは杖を指先で弄びながら、
「ありますよ」
と、首肯した。
「おお、やっぱりあるんだ」
「ただ、精神操作系の魔法は、かなり高度な技術を要するので、ハイランクの魔導師しか扱えませんが」
「へぇ。ちなみにルルナは使えるの?」
「もちろん。故郷ではS級魔導師の資格を持っていたので」
そう言って、ルルナは得意げにまな板みたいな胸を張る。
「さすがルルナ! じゃあ、やってみてよ。私に催眠かけていいからさ」
「それは構いませんが……怖くないんですか?」
「怖い?」
「だって、一時的にしろ、私に心を支配されるんですよ?」
「うーん。そりゃよく知らない他人に心を支配されるとしたら怖いかもしれないけど、ルルナのことは信頼してるし……ルルナだからこそ、安心して身も心も任せられるんだよ」
そう告げると、
「そうですか」
ルルナは照れくさいのか、頬をリンゴみたいに紅潮させた。
「それじゃ、さっそく催眠をかけてもらおうかな」
「わかりました。では、いきます。《mind jack》!」
ルルナが呪文を唱えると同時、杖の先端からピンク色の光線が発射された。それが柚子の胸へ直撃する――寸前。
柚子はジャージのポケットから手鏡を取り出して、それを胸の前でかまえた。
鏡の表面でピンク色の光が反射する。
反射した光線は、そのまま反対方向――つまり、術者の元へとかえってゆき、
「へ?」
戸惑うルルナの顔面に直撃した。
「計画通り」
柚子がニヤリとほくそ笑む。
ルルナの体が、まるで魂が抜けたように、だらりとソファの背もたれへ倒れこんだ。
「ごめんね、ルルナ。……私、どうしても貧乳ロリの作画資料が欲しかったの」
柚子は呟いた。
「…………」
ルルナは虚ろな目を天井にむけて、何も返事をしない。
ほんとに催眠にかかったのだろうか?
ためしにソファへ近づき、右手を差し出しながら、ルルナに「お手」と言ってみる。
すると、ルルナは「……はい」と感情の乏しい声で呟き――飼い犬がするように、丸めた左手を柚子の手のひらの上にポンと置いた。
「おすわり」
「……はい」
「ちんちん」
「……はい」
続けざまに命令してみると、ルルナは柚子の言葉をすべて忠実に実行してくれる。
催眠成功だ。
いやー。まさか、こんなに上手くいくとは……。
ルルナには悪いが、作画資料のためにはやむを得なかったのだ。
だって、〆切、明日だし。
いますぐ作画資料が欲しかったし。
仕方ないよね。
ルルナもきっと分かってくれるはず……。
ご託を並べつつ、柚子は充電中のスマホから充電ケーブルを引き抜く。
スマホの写真アプリを起動して、スマホの背中についているカメラレンズを魔女へ向ければ準備完了。
「それじゃ、ルルナ。まずは上着から、脱いでみよっか」
柚子が命令すると、
「……はい」
ルルナは両手を首元へやり、ブラウスの第一ボタンから、慣れた手つきで外し始める。プチプチとボタンが外れる度に、白い肌があらわになってゆく。ブラウスの下は、いかにも子供っぽいジュニアブラだった。見たところ、サイズはAカップくらいだろうか。
「いいね! これこそ私の求めていたちっぱいだ!」
パシャパシャパシャッ! と、柚子は連続でシャッターをきりまくった。
ルルナがブラウスを脱ぎ終わったら、
「次はスカートを脱いで」
「……はい」
ルルナがスカートのホックに手をかける。ホックを外し、ファスナーを下ろすと、重力に引かれるままに、パサリとスカートが床に落ちた。
さーて、ルルナちゃんはどんなパンティーを履いているのかな? ぐへへ。
下卑た笑みを浮かべながら、柚子は下半身へ視線を注ぎ――
「縞パンだと!?」
驚愕する。
なんて……なんて、愛らしい!
青と白のボーダーが織り成す、奇跡のコントラスト。
それが縞パンである。
エロ漫画では定番の下着だが、コーディネートの難しさから、じっさいに縞パンを選択する少女は少ない。ゆえに作画資料としては、この上なく希少であった。
パシャパシャパシャ!
ルルナの下半身にカメラのレンズを近づけて、前後左右から縞パンを接写する。
うん、いい感じ。
次、縞パンを描く機会があれば、資料として使えそうだ。
むふー、と満足げな吐息が鼻孔から漏れる。
しかし、ここで満足していてはいけない。
まだ作画資料として、一番欲しいものを撮ることができていなかった。
一番欲しい作画資料。
そう、それは――乳首である。
正確には成長途中の未発達な乳首。
未成熟な少女の裸体は、日本の法律によって厳しく守られているため、こればっかりはネットの海を漁っても見つけることができなかったのだ。
しかし、ついに念願の作画資料を手に入れることができる!
期待を胸に、柚子は最後の命令をルルナへ下した。
「ルルナ、ブラをとって」
「……はい」
ルルナの両手が背中にまわる。ブラのホックを外すパチンという音が聞こえた。肩紐がずり落ち、衣擦れの音と共に、ジュニアブラがフローリングの床へ落ちる。
「なんと、美しい……」
おもわず柚子は呟いていた。
ごくりと生唾を飲み、目の前の光景を見つめる。
ふくらみかけの双丘。
その先端で、桜色の蕾がツンと存在を主張している。
シャッターをきることさえ忘れて、その美しさに陶然とした。
永遠にも感じられる時間が過ぎて、ようやくハッと我に返る。
そうだ。見惚れてばかりではいけない。
作画資料を手に入れなければ……。
あわててスマホのカメラレンズを桜色の蕾にむけようとした――その瞬間、
「なにしてるんですか……」
絶対零度の声音が、室内の温度を十度くらい下げた。
このマンションの一室には、現在、二人の人間しかいない。
エロ漫画家と魔女。
柚子は声を出していない。ということは、つまり――
蕾にむけていた視線を上にあげる。おそるおそる銀髪の魔女の顔を見やると……その瞳が、氷のように冷たく柚子を睨みつけていた。
「あれ……なんで、催眠は?」
「もう解けました」
冷ややかな声でルルナが答えた。
「そんな……はやすぎる……」
柚子の背中をたらりと冷や汗が伝った。
ルルナの全身から、ゴゴゴゴゴッと殺気が漲る。
やばい。
これは……殺される!
本能的な恐怖を感じた。
三十六計逃げるに如かず。
「しからば御免!」
踵を返して、全力ダッシュ。
玄関から逃走を試みる。
が、
「逃がしませんよ。《chain bondage》」
空気ごと凍りそうな息吹と共に、柚子の背中にピンク色の光線が直撃した。拘束魔法だったようで、魔法の鎖によって全身を雁字搦めにされてしまう。
やべーっ、捕まった!
逃走失敗。
勢いあまってドテッと床に倒れる。
そんなまな板の上の鯉同然の柚子に、ゆっくりとした足取りで、ルルナが近づいてきた。
「柚子さん。なんで素直に「作画資料のために胸を見せてほしい」って言ってくれなかったんですか?」
「え」
「真正面からお願いしてくれていたら……私は受け入れたのに」
ルルナは怒りの滲む声で呟いた。
その言葉に柚子は驚いた。
てっきりルルナは催眠魔法で無理矢理裸に剥かれたことに対して怒っているのだと思っていた。でも、そうじゃなかった。彼女が怒っている本当の理由は……
(私がルルナを頼らなかったから?)
作画資料が欲しいから乳首を見せて――なんて言っても、きっと断られる。
そう思っていた。
思い込んでいた。
自分の中だけで勝手に結論を出して、ルルナに一言も相談しなかった。
たぶん、それがルルナの心を傷つけた。
そう気付いた瞬間、
「ごめんね、ルルナ」
謝罪が口からこぼれていた。
心からの謝罪だった。
ルルナは深い溜め息を吐くと
「一発だけ殴らせてください。それで許してあげます」
そう言って、杖を構え、
「《paralysis》」
呪文を唱えた。
杖の先端からピンク色の光線が発射され、柚子の体に直撃する。それと同時、雷に打たれたような痛みが、柚子の全身を襲った。
「うぅ、いひゃい」
全身が痺れる。うまく舌が回らなかった。
「これに懲りたら、次は相談してくださいね」
「ひゃい」
柚子が痺れる体で頷くと、
「柚子さんが望むなら、私はどんなお願いでも受け入れてあげますから」
――そう言って、ルルナは微笑んだ。