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ピンクの違い(たがい)  作者: 森乃千羅
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第九話

涼しさを感じだすようになった秋麗、ヒューノット家の中庭で座っていたベリーはカップを手に困り果てていた。

「あぁもう、本当に腹が立つ!みんな手の平を返すようにご機嫌取りをやめてさ!嫌味ったらしいったらありゃしない」

「メーナ、そろそろそのへんで…」

紅茶の入ったカップを勢いよく置くものだから、隣に立つ侍女がオロオロしている。

しかし強く言えないのは、メーナの怒りの理由が共感出来るからであろう。

「ベリーがそうやって甘やかすから、皆ベリーを馬鹿にしてるのよ。許せないじゃない!」

「私は別に…、事実だから…」

「嘘か本当かなんてどうでもいいの!貴女公爵令嬢よ、もっと威張って、もっと怒鳴りつけたらいいのよ」

「そう言われても…」

そう呟きながら自分の髪に触れた。

その根元から十五センチの部分は牡丹のように鮮やかな赤だった。

というのも、ベリーは髪を染めるのを止めていた。

実母が娼婦だったことと本当の髪が赤い色素を多く含むことが公になってしまったため、隠すことができなくなったのだ。

髪が充分に伸びたら黒い部分は切り落とし、元の色で暮らすことになる。

けれどそれは決して悪いことばかりではなかった。

あれだけ険悪だったメーナとの仲だが、髪色のせいでアバンに振り回されたという共通点のお陰で打ち解け、今ではこうして定期的にベリーのもとを訪ねてくれるのだ。

「皆、私たちが友人なことを知らないのよ。だから平気でベリーの陰口ばっかり喋って、今度王妃殿下に言いつけてやるんだから」

「な、何もそこまでしなくても…」

「療養中の人間の陰口いう奴らよ!?一回くらい痛い思いさせといた方がいいに決まってるわ!」

そう言い切ったメーナ。

しかし突然俯き、か細い声で告げた。

「ごめんなさい、私のせいよ…」

「もう、まだそんなこと言ってるの?貴女のせいじゃないって言ってるでしょ」

ベリーはカップを口に近づけた。

「だって『それ』、まだ治らないんでしょ?」

「…」

ベリーは困ったようにカップを見下ろした。

当然だ。

メーナの飲む紅茶とは違い、中身は無色透明な、ただの水なのだから。


あの騒動の後、ベリー部屋に戻っていたメーナとともに王妃専用の応接室に呼ばれた。

「二人とも掛けてちょうだい」

王妃は部屋の主らしく堂々と鎮座する椅子に腰掛けた。

向かい合うように座ったベリーとメーナ。

「いくつか確認したいことがあるわ。ベリー嬢、全て教えてくれる?」

そう諭され、ベリーは自分の知りうる計画の全てを明らかにした。

メーナを初恋の相手と勘違いしたアバンが、彼女を正妻にしたいと言ったこと。

それには婚約者であるベリーに瑕疵を作らなければ難しいだろうと、自ら悪女になることを選んだこと。

計画の一つとして卒業までの一年、メーナに対して苛めをし続けたこと。

卒業パーティーで計画通りに婚約破棄した後、アバンとメーナに裏切られ、死刑にされたこと。

一通り聞いた王妃はメーナに同様のことを尋ねた。

「卒業パーティーの一年前、アバン様から呼び出されました」

それはきっと、ベリーがアバンに告白を焚きつけたときのことである。

「アバン様に『君に一目惚れしたんだ、僕の婚約者になってほしい』と言われました」

「…その時にあの子がちゃんと、七歳の頃の話だと伝えておけばこのようなことにはならなかったのに」

「いえ、私もおかしいと気づけば良かったのです。王太子妃教育の中でメーナ嬢が王都に越してきたのは最近だと知っていた筈だったのに…」

勿論それはアバンも知っていたはずなのだが、盲目になっている人間には分かり得なかったことだろう。

アバンを庇うように口を開いたベリーをメーナが責める。

「どうして確認してくれなかったの!?分かっていればこんなことにはならなかったのに!」

「メーナ嬢、それはお門違いというものです。ベリー嬢は二人の幸せを考えて…」

「殿下、いいんです、事実ですから。それに私は自分の目的のために二人を利用したんです。…自業自得なんです」

王太子妃になりたくなくて、メーナを身代わりに逃げようとしたのだ。

「…止めてよ、まるで私が子どもみたいじゃない」

メーナも思うところがあったのだろう、悔しそうに俯いた。

「いるのね…、貴女みたいに他人に生命賭けられる人。完敗だわ」

「メーナ嬢だってそのままアバンと結婚することもできたのですよ、よく打ち明けてくれました」

「だって別人への愛情を押しつけられるなんて嫌だもの」

彼女は王妃の侍女から差し出された紅茶を流し込むように飲み干した。

「辛い思いをさせましたね」

「…アバン様は、どうなりますか?」

「…皇帝は断らないでしょう。許可が下り次第、帝国に身体一つで送ることになります。もう会うことは叶いませんよ」

「そう、ですか…」

メーナなりに愛していたのだろう。

そうでなければいくら賢くても僅か半年で妃教育を終えられる筈がない。

ベリーもまた紅茶を飲む。

「っ!?ぅぇ…、かはっ…!」

「ベリー嬢!?」

苦くて渋くて、甘い。

それは分かっていたはずなのに、強く喉を襲ってきた。

なんとも表現できない味だった。

紅茶を吐き出し、咳を繰り返すベリーにただ事ではないと気づいた王妃とメーナ。

すぐさま王城に駐在する医師が呼ばれた。


「味覚障害ですな」

触診や問診等による診察の結果、ベリーはそう診断された。

「味覚障害、ですか…?」

「栄養不足とストレス、それから疲労によるものでしょう」

医師は横になっているベリーに語りかけるように告げた。

「症状は様々ですが、貴女の場合は味覚が過敏になったようです。薄い味付けでも濃く感じるかと」

「治りますか?」

「先ずはストレスと疲労を無くすように生活してください。しばらくは味のついた食事は難しいでしょうが、根気よく続けていればいずれは良くなるでしょう」

「分かりました、ありがとうございます」

部屋を去っていった医師と交代でメーナが入室する。

「重ね重ねご迷惑をおかけしました」

「迷惑なんて!…聞こえちゃったんだけど、その…」

メーナは気まずそうに視線を逸した。

その理由にベリーは気づいた。

「メーナ嬢が原因ではないですよ、気にしないでください」

「何言ってるの、私のせいよ。私が貴女を半年も牢に閉じ込めたから…」


「そんなに自分を責めないで、慣れたら案外平気なものよ」

あれから一月、ベリーの味覚は今なお戻っていない。

けれど大して困ってはいなかった。

牢で過ごした半年はベリーから欲というものを奪っていた。

そのお陰で食事に対する興味が乏しくなり、パンと味の薄いスープ、そして水だけでも充分満足していた。

「慣れるものじゃないでしょ!」

何度も首を振るメーナの手を握る。

「メーナ、私感謝してるの。この髪が知られてからここに来てくれるのは貴女だけだから。だからね、貴女がそんな悲しそうな顔をしてたら私も辛いわ」

「…本当に聖女みたいな人ね」

いつもならこれで気持ちを切り替えられるのだが、今日のメーナはまだ悩んでいるらしい。

いや、何かを決心しているようだ。

「ベリー、私ね、離縁したの。侯爵と」

「…そう」

シュトロン侯爵とメーナの養子縁組はベリーが仕組んだものだった。

彼は向上心のある男だった。

侯爵家から妃を出したかったことを知っていたベリーは彼に直談判したのだ。

メーナが優秀な学生であること、けれど髪色のせいで立場が弱いこと、アバンの信頼が厚いことなどを理由に何とか確約させたのだ。

実際アバンの婚約者になり、聡明だったメーナを侯爵は非常に可愛がったと聞いていた。

しかしそれはメーナが王太子の寵愛を受けていたからで。

アバンが廃太子された今となっては何の意味もなくなってしまったのだ。

「…それでね、ベリーにお願いがあるの」

「お願い?」

「私を貴女の侍女にしてくれない?」

ガチャン。

メーナのカップに紅茶を注いでいた侍女がポットを落としかけたようだ。

無理もないことであろう。

王太子妃になる寸前だった女性が自分たちと同じ立場になりたいと自ら申し出たのだから。

水で口を潤わせてから告げる。

「もう一度よく考えた方がいいわ、決して楽じゃないから」

「貴女は侍女に無理強いしないでしょ」

「私がではなく公爵が、よ。公爵がこの髪嫌いなの、知っているでしょう」

グリュフはあの一件以来ベリーに悪態をつくようになり、公爵家の恥、邪魔者と言われることなど最早いつものこととなっている。

「メーナにそんな辛い思いはさせたくないの」

「またそうやって、少しは自分を労んなさいよ。それに、私だって何も考えていないわけじゃないわよ」

そう言ったメーナは持参した荷物の中から一枚の手紙を取り出した。

「王妃殿下からの許可証よ」

「メーナ、貴女っ…」

受け取ったベリーは中身を確認した。

そこには間違いなく王妃の筆跡でベリーの専属侍女になることを認めると記されていた。

「ローズ家に帰ったら、そりゃあ平和に暮らせるわ。父と母は私のことを愛してくれているから。でも私が傷物になったせいで父の営む貿易に支障が出てて、私まで養う余裕が無いの」

「そう、だったの…」

妃になり損ねた令嬢の生家と取引がしたい人間は少ない。

しかもアバンには婚約者がいたわけで。

その座を奪っただけでなく、王太子を追放に追いやったメーナに対する風当たりは強い。

「私も両親に迷惑はかけたくないし、可能ならば仕送りだってしたい。でも私みたいな赤い髪の人間雇ってくれる所なんか無いのよ」

「…そう、ね」

だからベリーの実母は娼婦をしていたのだ。

友人にそんなことはさせたくない。

すると突然、メーナがベリーの手を掴み、頭を下げた。

「ベリー、お願い。どんな嫌がらせでも耐えるわ、公爵の暴言だろうが、重労働だろうが、…流石に犯罪はしたくないけれど。でも他に頼れる所が無いのよ」

「メーナ…、…分かったわ」

いつも自信に溢れている彼女の弱った姿に、ベリーは何としてでも力になりたいと思った。

顔を上げたメーナに微笑む。

「でも我慢は駄目よ。もし公爵に酷いことされたら、ちゃんと教えてね」

「ベリー…、ありがとうっ…」

ゆっくり頷いたベリー。

心配することは多々あるが、友人がいつも傍にいてくれるのは有り難い。

心からそう思った。

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