第七話
日もまだ高い午後、ベリーは久しぶりに牢の外へ出ることができた。
ようやくこの世から消えることができる。
そう思えば足取りも軽くなった。
しかし廊下の窓から差し込む光が眩しいと、目も開けられないと思って気づいた。
罪人が処刑台に行くルートがこんなに明るいはずがない。
城の中を歩くわけがない。
何故見覚えのある景色を通っているのか。
玉座の間に向かっていると気づいたのは大きな扉を前にしたとき、到着した瞬間だった。
「…処刑されるんじゃなかったの…?」
「王太子殿下の指示だ」
「殿下が…?」
まさか半年前の願いを、流刑にしてくれるという願いを聞き届けようというのか。
ベリーはくすっと己を嘲笑った。
そんなはずがない。
アバンはもうメーナの虜なのだ、メーナのために婚約破棄するくらいなのだから。
大体今更すぎる、この髪色がアバンや兵たちに知られているのだ。
逃げられたところで生き恥を晒すだけ。
扉の前に立っていた衛兵たちがベリーに気を取られつつ、慌てたようにその扉を開けた。
中には国王だけではなかった。
「なんと…!」
「ベリー嬢、なの…?」
正面に座する国王と王妃の横には当事者であるアバンが座っていた。
メーナを探すと、彼女はアバンの横ではなくベリーにほど近い場所で侍女の前に立っていた。
いや、立ち尽くしていた。
「なんで…、その髪色…」と呟くメーナを眺めていると、横から全身に強い衝撃が襲ってきた。
「ベリー!あぁ、なんて…、こんなに痩せ細ってしまってっ…」
「…お母様…」
濡羽色の目から流れるエリィの涙に、ベリーはほんの少し後悔した。
彼女の方が何倍も窶れているのだ。
心優しい義母のことだから、ベリーが捕まってからろくに食事も摂れないのだろう。
「夫人、離れてくださいますよう。この者は罪人で…」
「そうだぞ、エリィ離れなさい」
「グリュフでもっ…」
エリィが父に連れられて遠ざかっていくと、ベリーは兵士に指示されるがままその場に座り、頭を低く落とす。
すると慌てたようにアバンの声が聞こえる。
「罪人扱いするのは待ってくれ」
「アバン、一体何をしようというのか、一から説明しなさい」
「父上、ベリーだったんです」
足音が近づいてくる。
目の前にやってきた影に視線を上げると、アバンが愛おしそうにベリーの頬に触れた。
冷たい手だった。
「ベリー、君の全てを教えてくれ。あの時僕を助けてくれたのは君なんだろ?」
「何のこと…?メーナ様が初恋の相手でしょう…?」
ベリーは再び視線を移した。
するとふるふると彼女は首を振った。
「私じゃないわ…」
まさかと思った。
だってベリーとメーナは髪色こそ似ているが目の色が全然違う。
見間違えたとでも言うのか。
「殿下、確かに私は幼少の頃、平民として城下で暮らしておりました。迷子になった子どもや大人に『仕事』として道案内をしていたこともあります。ですが無償で助けたことはございません…!」
「ああ、やっぱり!間違いなく君だ!」
「へ…?」
「僕を助けてくれた子は『出世払い』で代金を請求したんだ」
確かにそのようなことをした記憶はある。
しかし信じられなかった。
ベリーはずっとアバンの口から助けてもらったと聞かされていたのだ。
だからてっきりお金に困らない裕福な、なおかつお忍び慣れした子が手助けしたのだと思っていたのだ。
「でも目の色が違います」
「恥ずかしながら、髪色に惹かれて目の色や他の特徴を覚えていなかったんだ」
何ということだ。
アバンは初恋の相手を処刑しようとしていたとでも言うのか。
だから慌てて呼んだのか。
「…公爵、ベリー嬢は貴殿の子ではないのか」
その様子を観察していた国王がグリュフに問うた。
「私が娼婦に産ませた子です、瞳の色が証拠となるでしょう」
「私生児を王太子妃とするつもりだったのか?」
「ベリーは私の子です!確かに私と血は繋がってないけれど、養子として迎えてからはれっきとしたヒューノット家の一員です!陛下でもそのようなことを仰らないで!」
「す、すまない、訂正しよう…」
国王がエリィの勢いにたじろいでいる中、アバンはなおもベリーに詰め寄った。
「ベリー、僕が間違っていた。君を死刑にするだなんて、愚かな選択をしてしまうところだった。君に謝罪したい。罪を償いたいんだ」
「王太子殿下、では…!」
ベリーは目を輝かせた。
王都を離れ、誰も知らない場所で静かに暮らしたい。
その願いを叶えてくれるのだと。
アバンが微笑んだ。
「ああ、君を王太子妃にするよ。君こそが僕の妻にふさわしい」
「…殿下、何を言って…」
「アバン様どういうことですか!?」
理解の追いつかないベリーに代わり、メーナがアバンの腕を掴んだ。
「私を愛しているって、王太子妃にするって言ってくれたじゃない!」
「それは…、君があの時の女の子だと思ったから」
「そんなの酷いわ!この一年半、ずっとアバン様のこと一途に愛してきたのに!ベリーからの苛めだって、二人が一緒になるために必要だからって、だからっ…」
聞き捨てならない言葉に、国王が立ち上がった。
「…どういうことだ、アバン。ベリー嬢がメーナ嬢にした仕打ちを、お前は事前に知っていたというのか?」
「あ、これはその、ベリーの作戦で…」
「メーナ嬢と結婚するために、あろうことかベリーに相談したというのですか」
「酷い!ベリーをなんだと思っているの!?」
グリュフは黙っていられなかったらしく、アバンに睨み寄った。
エリィに至ってはアバンに掴みかかっている。
「あの時は知らなかったんだ!知っていたらメーナと結婚するなんて言わなかった…!」
「アバン様っ…」
メーナは耐えきれずに玉座の間を出ていき、その後ろを共に来ていた侍女が追いかけていく。
けれどアバンがメーナを気にすることはもうなかった。
「ベリー、僕と結婚してくれるよね?君を愛しているんだ」
「…嫌です」
「なぜ?王太子妃になれるんだよ?元平民で、私生児で、娼婦の子で、『魔の欠片』なのに、この国の母に君はなれるんだよ」
「アバンいい加減に…」
国王が叱りつけようとしたその時、破裂するような音が響く。
ベリーがアバンの頬を叩いたのだ。
呆然とするアバンたち、するとベリーは身動きできないでいた兵士の腰から剣を抜き、皆から距離を取ると自分の首に宛てがった。
「ベリっ…」
「動かないでっ!」
とうに涙は枯れたと思っていた。
ベリーは頬が濡れるのも構わず告げた。
「それ以上近づいたら、ここで死ぬから」