第二話
発端は一年後に卒業を控えた秋の日のことである。
仲睦まじい婚約者として定期的に開かれていた茶会でアバンに告げられたのだ。
「ベリー、漸くついに『あの』人が見つかったんだ」
それはそれは真剣な顔で言うものだから、ベリーはあぁとすぐに察しがついた。
紅茶を一口飲み、視線を下ろしたまま記憶を辿る。
十二歳、婚約当初に彼が宣言したのだ。
「確か初恋のお相手でしたか、アバン様が城下で迷子になった際に助けてくれた女の子がいると」
「そ、そんなはっきり言わないでくれ、恥ずかしい」
よくあるお忍びというやつである。
毎日使用人に侍られ、寝る時すら部屋の外で護衛される。
王族ならば当然のことだが、毎日そんな生活では、たまには羽目を外したくなるものである。
アバンは少し考えて同室している衛兵に席を外すよう指示した。
ベリーも頷いたことを確認し、兵士が部屋を出ると二人きりの沈黙が続いた。
先に口を開いたのはベリーだった。
「言いあぐねているということは、何か問題があったのですね」
「流石だね、実は…」
アバンは彼女が平民上がりの男爵令嬢であることを告げた。
ベリーはふぅむ、と考える。
「側妃にもなれない家柄ですか。であるならば侯爵家、あるいは伯爵家に養子として入ってもらえばなんとかなりそうですね」
「どうしても側妃じゃないと駄目だろうか?」
「…王太子妃にしたいのであれば、公爵家か侯爵家の養子として、かつ私と婚約を解消しなければなりませんね」
長年王太子妃の修業や教養マナーを身につけてきたベリーにとって、それはとても難しいことだと分かっていた。
「お相手には私が五年かけて学んできたことを短期間で覚えてもらわなくてはならなくなります、辛いことをさせるかもしれません、それでも正妻として迎えたいのですね?」
アバンは頷いた。
その眼差しを見たベリーは安堵の笑みを浮かべた。
「分かりました、であれば私は喜んでこの座を明け渡しましょう」
深い海の底と同じ色だと言われる彼の目が輝いた。
しかしすぐに顔色を暗くする。
「…でもそれだけでは足りないと思うんだ」
「まだ何か瑕疵が?」
「瑕疵だなんて!…でもそうかもしれない」
はっきりとしない物言いに複雑な心境があるのだろうかと待っていた、やがて意を決したように彼が顔を上げた。
「彼女は赤い色素の髪なんだ」
ベリーは菓子を摘む手を止めた。
「…赤い色素、それはもしやメーナ・ローズ令嬢のことでしたか」
「ああ、そっか、同級生だったね」
アバンとベリーは同じ学院に通っているが男子と女子はクラスが分かれており、更に各三クラスずつの一学年六クラス編成となっている。
ベリーは一年前にともに学院に入ってきた苺色の髪をした令嬢を思い出した。
なるほど、と思った。
「今なお『魔の欠片』と赤を蔑む方は多いですからね」
そのせいでベリーはメーナが孤立していることも知っていた。
はっきりとした実害があれば王太子の婚約者として諌めることもできるのだが、今現在目に見えた苛めなどは起きていない。
故にどうすべきか悩んでいたところだった。
「ベリーも赤が混じっているだろう?その辺りはどうなんだろうか」
「…私の場合は青に近い紫ですし、公爵家ですからね、表立って言われていないだけですよ」
当初は純粋な赤のみ差別されていたというが、時代の流れとともに多くの色素と混ざったことで純粋な色素を持つ者が減った。
その代わりと言うべきか今では桃色や橙色、紫色なども差別の対象となっている。
人間というのは蔑む生き物だと、ベリーは産まれてこの方ずっとそう認識している。
「男爵令嬢、元平民、赤い色素…。よほどのことがなければ私との婚約を解消したところで他の令嬢が充てがわれるだけでしょうね」
それを聞いたアバンは酷く落ち込んだ。
ベリーはそんな彼をどうにか助けたいと思った。
勿論自分にも得があったからだが。
「アバン様、恋愛小説お読みになりますか?」
「…いや、教本ばかりだ」
「では次回にでもお持ちいたします、読んで勉強なさってくださいませ」
「…一体何を…?」
ベリーは口元を隠しながら微笑んだ。
「一年後の卒業パーティーで私に婚約破棄を告げていただきます」
計画のあらましをベリーが告げたところ、それは大層拒絶された。
「き…君は俺に、君を公衆の面前で罰しろというのか!?」
「ええ、それはもう、こっ酷く」
アバンはそんなこと出来ないと首を振る。
「いくら君に瑕疵を与えるためとはいえ、パーティーに参加した全ての貴族の前でありもしない嘘をつくなんて、俺には出来ない!」
「そうですか、では少々良心が痛みますが実際にことに及ぶしかありませんわね。目撃者も必要ですし」
なるべく穏便に破棄されたかったのだが、仕方ない。
「そ、それに!君が国家資金に手をつけたという話をでっち上げるというが、それは今回のことには必要ないだろう!?」
まあそれに関しては流石に国の予算を本当に減らすことはできないため、偽の帳簿を作るしかないのだが。
ベリーはアバンに詰め寄った。
「いいですかアバン様?私はヒューノット家の娘です、そんな私が婚約破棄または解消されたらどうなりますか?公爵が黙っていると思いますか?」
「それは…」
「それに、私だってプライドがあります。社交界に残り続けて男爵令嬢に婚約者を奪われたと笑いものになりたくはありません」
ベリーが社交界からいなくなり、なおかつ公爵が文句を言えないようにするにはヒューノット家或いはベリー自身に過大な落ち度を作るしかない。
「私が王太子妃として相応しくないと、皆に認めてもらわなくてはなりません。子どもの頃の苛めなど、大人からすればどうでもよいことです」
「な、ならば横領の嘘だけで良いのでは…?」
ベリーはため息をついた。
あまりにも突拍子もないことを伝えてしまったせいか、アバンは本来の目的を忘れている。
「メーナ嬢を妻にしたいのでしょう?ならば皆の前でどれだけ彼女を愛しているか、優秀か、優しさがあるかを明らかにしなければ」
「そ、それはそうだが…」
幸いなことにメーナは秀でている。
現国王の改革のおかげとはいえ、赤毛を持つ父親が男爵位を授かったのだ。
環境と血筋に恵まれたのだろう。
学業と併せて今から内密で妃教育を受ければ、一年後には恥ずかしくないレベルの教養が身につくはずだ。
あとは優しさと愛情があるかだが。
そこでふと気づいた。
「ところで、メーナ嬢にはこのことは?」
「…」
「…まさかとは思いますが、まだ心の内すら明かしてない、なんてことは…」
視線を逸らしたアバンにベリーはその日初めてキレた。
「早く想いの丈を告げてらっしゃい!お膳立てしたというのに振られたなんて許しませんよ!?」
慌てて部屋を出ていったアバン、ベリーはそんな彼を額に手を当てながら見送った。
彼はどうしようもなく頭の回転が遅いのだ。
数日後、無事にメーナへ想いをぶつけ、見事恋仲になれた報告を受けたベリーは早速悪役に徹することにしたのだ。
この時はまだ、自身の作戦にメーナの心境が大きく関わってくるとは、ベリーは思いもしなかった。