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ピンクの違い(たがい)  作者: 森乃千羅
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第十八話

領地の発展に果樹園を造っただけあって、伯爵家の庭はとても甘い香りがした。

「いい香り…」

「ちょうど今が収穫の時期ですからね、召し上がりたいものがあれば何でも仰ってください」

サギーナはベリーの前に手を差し伸べた。

その手を握って馬車から降りると、目の前に黒くて長い髪を緩く縛った女性が立っていた。

「お待ちしておりましたわヒューノット公爵令嬢」

「伯爵夫人、お久しぶりでございます」

彼女の名前はレベーラ・アーダルデシア、伯爵の正妻であり、サギーナの母親である。

切れ長の青い目ににこりと微笑むと彼女はじっとベリーの髪色を食い入るように見つめた。

「本当に赤いのね、卑しい色だこと」

「っ…」

「母上っ」

息子の声にレベーラは踵を返して告げた。

「サギーナ、別棟に案内差し上げなさい。必要なものがあれば持っていって構わないわ」

「…分かりました」

レベーラの態度に、ベリーは確信を持った。

彼女は『魔の欠片』を好ましく思わない人間であると。

それでもこうして出迎えてくれたのは、恐らくスウィルが手紙を添えてくれたからであろう。

「令嬢、どうぞこちらへ」

サギーナに連れられてベリーは屋敷の裏手に回った。

途中で彼が立ち止まる。

「母が失礼な態度をとりましたこと、お詫びいたします」

「気になさらないでください、夫人の仰ることは事実ですもの」

「事実だなんて…、誰が何と言おうとアーダルデシア家はヒューノット公爵令嬢の味方ですよ」

サギーナはそう告げるが、その言葉が心に響くことは残念ながらない。

アーダルデシア伯爵がベリーを王太子妃として推すのは、サギーナの婚約者がナヴィルだから。

王家の意向を尊重することで王弟に恩を売りたいのだ。

そしてレベーラが『魔の欠片』を嫌うのには、もう一つの理由があることも知っている。

「…公爵令嬢?」

名を呼ばれ、はっと顔を右に向ける。

「ああやっぱり!もしかしたら今日、会えるかもと心待ちにしてたんです」

茶色の髪を長く下ろした女性が駆け寄ってきたかと思えば突然、ベリーの手を握ってきた。

「…もしかしてデレシア様でいらっしゃいますか」

「私のこと知ってるの!?嬉しいっ」

腕をぶんぶん振り回され、少し疲れてきたところでベリーは彼女の目を見た。

ユーイの母親、デレシア・アーダルデシアは『魔の欠片』、小豆色の目をした女性だった。

「デレシア様そのへんで、ヒューノット公爵令嬢の腕が…」

「あら、サギーナは意地悪ね。どうせレベーラ様に指示でもされたんでしょう?」

「そうではなく…」

あまり裕福でない子爵家に生まれたデレシアは教養が足りず、他人の気持ちより自分の気持ちを優先させる人物だと噂には聞いていた。

そんな明るい性格をアーダルデシア伯爵に見初められたと。

彼女のような母親を持ったからこそ、ユーイは聡明になったのかもしれない。

「デレシア様」

「なぁに?」

「ご都合が宜しければこの後一緒にお話しませんか?」

正直気は進まないが、レベーラに嫌われている以上、ユーイに近づくには彼女を頼るのが得策である。

「本当に!?」

「ええ、あ、でもべっ…」

「ああなんていい日なのかしら!じゃあ私待ってるわねっ」

別棟でと言おうとしたのに、彼女は聞く耳も持たずに去っていってしまった。

「…」

「…すいません、私から伝えておきます」

「お、お願いします…」

「何から何まで気を遣わせてしまって…」

気難しい母親と自由すぎる義母。

サギーナが実年齢よりも大人びているわけだ。

疲れた足で再び歩きだした二人、ベリーは独り言のように尋ねた。

「デレシア様とユーイ嬢は性格が随分違うのですね」

「私もユーイも母に育てられましたからね」

「…デレシア様ではなく?」

意外だった。

ベリーのように実母が死んでいるのならまだしも、正妻が、しかも『魔の欠片』を嫌っているレベーラが第二夫人の子どもを育てるなど。

「彼女に子育てができるとでも?」

「…なるほど」

夫の子供である以上育児放棄はできなかったのだろう。

「産まれてすぐ遊び呆ける彼女に代わり、自ら乳を与えたのだと使用人たちから聞きました」

「立派な方ですね」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

安堵した表情のサギーナに、ふと自分を引き取ってくれた義母の存在を思い出す。

彼女はなぜベリーを引き取ってくれたのか。

いくら実母が亡くなったとはいえ、私生児であるベリーが死んだところで何も気にすることはない。

むしろ赤い色素を色濃く持つ子どもなど、邪魔者だったはずなのに。


別棟の一角に部屋を設けてもらったベリーは早速、サギーナにデレシアとユーイを連れてきてもらうように依頼した。

サギーナが怪訝な顔をする。

「なぜユーイを…」

疑われるとは思わなかったため、それらしき理由を考える。

「パーティーの主役はユーイ嬢でしょう、ご挨拶も兼ねて是非と思って」

「そうでしたか。…ですがユーイはデレシア様がいたら絶対に来ませんよ」

「あ…」

その気持ちはよく分かる。

ベリーとて、グリュフがいる集まりに自らの意志で行こうとは思わない。

もしそれを強制するような人物であれば、グリュフと同じくらいその相手を軽蔑するだろう。

実の親子が仲が良いとは限らないことは知っているつもりだったのに。

「令嬢が会いたがっていたと、ユーイには私から伝えておきますね」

「はい…」

あらゆる事態を想定できていない自分が情けない。

こんな時メーナがいてくれたら。

(いけない、あの子には頼らないって決めてるのに)

アバンのせいで人生を振り回された彼女に、これ以上汚れ仕事をさせるわけにはいかない。

「サギーナ様、デレシア様への伝言、宜しくお願いしますね」

過ぎてしまったことにいつまでも悩んでいられない。

彼が部屋を出ていった後、ベリーは己の両頬を強く叩いた。

「負けるんじゃないわよベリー・ヒューノット。あんたが頑張らなかったら、誰が助けてくれるっていうのよ」

何としてでも王太子妃候補から外れてやる。

ヒューノット家とも社交界とも関わることのない場所で、公爵令嬢ではなくただのベリーとして生きるのだ。

そのためならどんなことでもやってやる。

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