第十七話
「どうしたの従姉さん、会いたいだなんて」
自分も疲れているだろうにそのような素振りを見せず微笑むスウィルの隣に腰掛け、そっと彼の腕に手を回した。
「今度ね、ユーイ嬢の誕生日パーティーに行くことになったの」
「ああそういえば、そのような招待状が届いていましたね」
「スウィルは行かないの?」
彼は困ったように耳の後ろを掻いた。
「実は今、学業が手一杯で…」
「あら意外ね、…もしかして勉強が苦手なの?」
「そんなことないよ!」
慌てる素振りはどこかアバンに似ているようで、ベリーはすっと腕を解いた。
スウィルの視線が逸らされる。
「えっと、僕の父が王位から僕たちを遠ざけていたのは知ってるよね」
「ええ」
「だからその…、帝王学とかを全く勉強してなくて…」
ベリーは頷いた。
最近見てきて分かったことだが、スウィルを始めとするこの国の王族の男たちはどこか平和主義である。
よく言えば他者の意見をよく聞き、最も最善な策を選ぶ賢王と言える。
しかし一方で、争いを恐れるあまり他の選択肢を自ら除去し、不測の事態に対処できない愚王でもある。
最も、アバンは最善策を選べない人物であったが。
「頑張ってね、でも無理しちゃ駄目よ、倒れてしまったら元も子もないんだから」
「程々に休んでるよ。現に、ほら」
心配するベリーをスウィルが正面から抱き寄せたかと思うと、肩に顎を載せ、ふうっと息を吐くのが聞こえる。
数ヶ月前まで王位とかけ離れた生活をしていたのだ、無理もない。
ベリーはそっと彼の頭を撫でた。
「そういえば、話の途中だったね。パーティーで何か気がかりなことでも?」
「パーティーでとはちょっと違うけれど、…少しずつ味のついたものに挑戦してみようかなって」
スウィルが身体を起こす。
「挑戦?」
ベリーは頷いた。
実はあの一件以来、ベリーは味のつけられた料理を一度も口にしていなかった。
食材自体の味は分かるし、別に苦ではない。
しかしそれは同時に、ベリーに治す意思がないことの現れでもあった。
同じ体験をするかもしれない。
次また捕まったときに、今度は食事も貰えないかもしれない。
ならば別にこのままで良かった。
けれど。
「カンディエ夫人、侍女が私を気にして食事を食べられなくなったの」
「…そっか」
「このままでは彼女が倒れてしまうわ」
治さなくてはならない。
そしてこれを利用しない手はない。
「それと、パーティーにどういう関係が?」
スウィルの問いに今度はベリーが凭れかかる。
「アーダルデシア家で出される料理に慣れるために、伯爵家にしばらく宿泊したいの」
「…え」
「いくら王太子妃候補だとしても、一令嬢がそのようなことをお願いできないわ。スウィル、貴方から言ってくれない?」
予想していた通り、スウィルの顔色に陰りが見えた。
悩むのも無理はない。
妻になる予定の女性が男兄弟のいる令嬢の家に泊まりたいと言うのだ。
「城に呼ぶんじゃ駄目なの?」
「そんなことしたら、パーティーの準備に影響が出てしまうわ。私はあくまでも療養として、屋敷の一角を借りたいだけなの」
あわよくばユーイとヤーエの婚約者に会いたいところだが。
腕を組み首を傾げるスウィル、決断させるにはまだ、決定打が足りない。
「…スウィル私ね、いつか貴方と同じ料理が食べたいわ」
「従姉さん…」
「一緒にデートして、流行のスイーツを食べたい。ムードのあるお店で美味しいお肉を食べて、ワインを飲んで、二人で楽しかったねって笑いたいの」
それは過去に見た恋愛小説で主人公が長年の片想いの末、一緒になれた夫と過ごす至福の一日。
ベリーだってうら若き乙女なのだ、憧れないわけではない。
ただ諦めているだけ。
「我儘、よね。そうよね、私みたいな『魔の欠片』となんて、街を歩けないわよね」
説得力は充分あるだろう。
バレない嘘をつくには本音の中に混ぜるのが一番なのだから。
「…分かったよ」
呆れのような声が頭の上から降ってきた。
「二週間だけだから、だから絶対に帰ってきてね」
「スウィル、ありがとうっ…」
ベリーは彼の首に腕をまわした。
「ちょ、従姉さんっ!?」
困惑するスウィルの頭を撫でながら、ベリーは次の行動について考えていた。
スウィルからだけではなく、ベリーからも手紙を出さなければならない。
自然な内容で、かつ同情を得られる言葉で。
何としてでもアーダルデシアで目的を達成しなくてはならない。
伯爵の家は良くも悪くも歴史を思わせる屋敷であった。
馬車に揺られながら、ベリーは窓からアーダルデシア家を見上げた。
「…立派な建物ね」
「ヒューノット家には程遠いですよ」
ベリーは正面に座る青年に微笑んだ。
「サギーナ様、本当にありがとうございます。お迎えにまで来ていだいて」
「とんでもございません」
エリィを思い浮かばせる目が穏やかに細くなった。
「王太子殿下からの命ではございますが、公爵令嬢をお迎えできること、心から嬉しく思います」
「お迎えだなんて、まるで結婚するみたい」
「し、失礼なことを申し上げました、そのようなつもりは全くっ…」
赤面するサギーナを見ていると、心が温かくなるようだった。
歳上なのに純粋でどこか苛めたくなる。
耐えきれずに肩を震わせているとサギーナが拗ねるようにそっぽを向いた。
「あまり誂わないでください、傷つきます…」
「ごめんなさい、あまりにも可愛らしかったから」
可愛らしい、ベリーのその言葉に気落ちしたサギーナ。
しまったと思い慌てて違う話題を振る。
「そういえばサギーナ様とユーイ様は同じ歳ですわよね、兄妹中はどうなんですか」
「…ユーイと、ですか?」
涙目ながら悩んだ後、彼は顎に指を添えたまま口を開いた。
「普通、だと思います」
「…普通ですか」
ベリーが首を傾けると「はい」とサギーナは何でもないように続ける。
「ヒューノット公爵令嬢もご存知の通り、私とユーイは母親が違います」
「ええ」
「世俗的に正妻と第二夫人というのは不仲なことが多いかと思います。どちらの子どもが後継者となるか、そういう家庭の話は何度か耳にしたことがあります」
ベリーは頷いた。
有名な話だと、現国王と王弟がそうだったと聞いている。
側室の産んだ第一王子と王妃の産んだ第二王子は幼き頃より比較され、長兄を選ぶべきだという派閥と血筋を優先させるべきだという派閥で争いが生じた。
二人の仲は大人たちの思惑に反して強い絆で結ばれていたが、一歩間違えば内戦が起こっていた可能性もあった。
後継者争いが収束したのは二十年前、帝国から皇女が王妃として嫁ぐことになったから。
結果としてアバンが愚かだったせいで次の後継者はスウィルになってしまったが、この国が平和を維持できているのは王妃のおかげでもある。
「僕たちには幸いそのようなことは起こりませんでした。正妻の子である僕が先に産まれ、第二夫人の子であるユーイが後に産まれたから。…けれど逆だったら、僕はユーイが後継者になるべきだと思ったでしょう」
「サギーナ様…」
ユーイ・アーダルデシア。
穏やかなサギーナと対照的に凛とした雰囲気を持つ彼女は幼少期から何をさせても優秀だった。
学業においても、芸術においても。
そんな妹を持ってしまった兄は、さぞや息苦しかったことだろう。
男というだけで、長子というだけで、正妻の子というだけで。
心優しい彼は罪悪感でいっぱいなのかもしれない。
「…ああ着きましたよ」
何と言うべきかと言葉を探しているうちに、馬車は屋敷の前に停車してしまった。
「では参りましょうか」
「あ…」
言わなければならない。
折角サギーナが心の内を明かしてくれたのだ。
貴方は素晴らしい人だ。
そんな兄を持てて、ユーイ嬢とヤーエ嬢は誇らしいに決まっている。
そう言えばいいだけなのに。
ベリーはその背中に何も言うことができなかった。




