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ピンクの違い(たがい)  作者: 森乃千羅
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第十三話

それは街の灯りがまだ明るい夜九時前のこと。

目深なフードコートを身に着けたベリーは城を抜け出して、幼き頃暮らした街を歩いていた。

ベリーの目的はある場所へ向かうことだった。

追手が来ている様子もなく、安心して路地裏に入り込んだ。

勿論念の為だ。

入り組んだ路地裏を通り抜けるには慣れ親しんだ人間でないと不可能だから。

大通りに無事出てこられると、再び歩きだすベリー。

歩き続けること数分、やがて大きな劇場が目の前に現れた。

多くの人が出入りするのを目の端に、彼女は劇場の横の路地に停まる馬車へノックをした。

「待たせたかしら」

「時間通りよ、早く入って」

ベリーは滑るように馬車に乗り込むと、ようやくフードを外して一息ついた。

「数時間ぶりですね、ベリー嬢」

そこにいたのはルイーヌだった。

ベリーはにこりと微笑んだ。

「意図が伝わって本当に良かったです」

対するルイーヌはどこか釈然としない顔つきである。

「困惑しましたよ。『十八歳』と『三年』、合わせて二十一時だなんて。十八時と勘違いしたら何時間も待たされるところでした」

「ルイーヌ嬢が『寝ている時』と指定したのではないですか」

すると彼女も確かにと頷いた。

「…それで、何ですの、この手紙は」

そう尋ねるルイーヌの手には封筒が握られていた。

ベリーはパーティーの招待状を書く際、ルイーヌ宛の手紙にもう一つ手紙を入れることにした。

それは万が一中身を第三者に見られることを懸念したもので、封筒を二重にし、その間にもう一つの便箋を隠したのだ。

内容は簡単に言うと二つ。

一つ目はパーティーでベリーと仲違いしているように装うこと。

可能であれば他の令嬢たちを連れてベリーを見下すようにしてほしいと告げていた。

そしてもう一つ、この場所で待っていてほしいこと。

それに対する返事こそ、ルイーヌの告げた『寝ている時』、つまり夜にというものだったのだ。

あえてベリーから時間を指定しなかったのはルイーヌが封筒の工作に気づいたか確認をするためでもあった。

「こんなに面倒なことまでして」

「それに関しては申し訳なかったです。けれど手紙では申し上げられないことでしたので」

「…どういうことですか」

ルイーヌの太陽のような目が輝いた。

ベリーは笑顔を隠すと、神妙な面つきで頭を下げた。

「お願いいたします、私が王太子妃候補から外れる手伝いをしてほしいのです」

「ちょ、ベリー嬢、頭を上げてください!」

ルイーヌがベリーの肩に触れ、身体を起こそうとする。

しかしベリーはその腕を掴んだ。

「私はもう、王家に関わりたくないのです。私に何が起きたのか、ルイーヌ嬢も卒業パーティーでご覧になったでしょう」

「え、ええ。メーナ嬢を苛めて、国の予算に手を出したと」

同級生だったルイーヌはその光景を間近で見ていた人物の一人であった。

当初こそ困惑していたが、思い返せば確かにメーナを蔑む発言が多々あったと、ルイーヌもそう証言していた。

ベリーは一連の出来事を全て打ち明けた。

婚約破棄はアバンとベリーの計画だったこと。

アバンとメーナの策略によって半年間収監された後死刑になる予定だったこと。

半年後アバンの初恋の相手がメーナではなく、実は髪を染める前のベリーだったことが明らかになり、アバンがベリーによりを戻そうと迫ったこと。

結果としてアバンは廃太子され、ベリーもメーナも咎められることはなかったこと。

そこまでは別に良かった。

味覚障害など、牢屋生活に比べたらなんでもなかったから。

しかし王家の命令でベリーはスウィルの婚約者候補として呼び出されてしまった。

当時のトラウマか、面影の似たスウィルが恐ろしかった。

実母が娼婦だと知られ、平民出身だと知られ、赤い髪を知られ。

誰かの好奇の視線に晒されるくらいなら。

「私はもう一度婚約破棄されるつもりです」

「…なぜ私にそんな重要な話を?」

自分でも耐えられないと思ったのかもしれない、ルイーヌは反対しなかった。

ベリーはそんな彼女ならと続けた。

「貴女なら、私が悪女となって国を裏切った後、殿下を支えてくれる人だと思ったから」

それはメーナの時にも考えたことだ。

彼女は賢く、男爵令嬢としては勿体ないと思った。

アバンの寵愛もあるというのに、下らない身分制度や大人たちの利権争いのために蔑ろにされるなど、あってはならない。

あの時はアバンが約束を違えたのがいけなかった。

そこに真実の愛などなかったから。

しかしスウィルとルイーヌならばそのようなことは起きない。

作戦は前回と似たようなものだ。

ベリーが悪女として追放されるなり処刑されたならば、王家の信用は今よりもっと地に落ちるだろう。

そこに元婚約者のルイーヌが手を差し伸べるのだ。

愛などなくてもいい。

ただ捨てられたルイーヌが王太子の味方となり賢母として崇められれば。

「ルイーヌ嬢にとっても悪い話ではない筈です。何も疚しいことなどしていないというのに身分が変わったからと切り捨てられて、一生後ろ指を指されるなど、許せないじゃないですかっ…」

自分が同じことをされたからこそ分かる。

裏切られるというのは、心に一生消えない傷を作るのだ。

それを誰かに穿られるのが社交界だ。

ベリーにとっては、王太子妃となっても、公爵令嬢のままでも、他の貴族に嫁いでもそれは変わらない。

ならばせめてルイーヌだけでも幸せになってほしい。

「…分かりました」

「ルイーヌ嬢っ…!」

ベリーは顔を輝かせた。

困ったような顔をしていたルイーヌの手を握り、上下に振る。

「貴女のように理解してくれる人がスウィルの婚約者でよかった」

「…スウィル様を呼び捨てにされるほど、仲がよろしいのですか?」

目を見開くルイーヌにベリーは慌ててアバンと婚約していたときに弟のように接していたのだと説明した。

するとすぐに納得したらしく、次に計画について尋ねられた。

「どのような作戦で婚約破棄されるつもりですか?」

「まず初めに、私が誰かから嫌がらせを受けていると王太子殿下に告げます」

ベリーの考えた戦略はこうだ。

嫌がらせを受けて精神的に弱っているベリーのためにスウィルは犯人探しをするだろう。

そこで一番可能性の高いルイーヌがスウィルの言動を王太子として有るまじき行為だと諌めることで犯人だと疑わせる。

勿論嫌がらせはベリーの自作自演だ。

傷ができていたり、ドレスが引き裂かれていれば、充分信憑性も上がるはずだ。

目標は数ヶ月後の卒業パーティーでスウィルがルイーヌを糾弾するように仕向けること。

既に卒業した者と在校生、及びその家族もパーティーに参加できるため、多くの人がいるだろう。

そこで糾弾されたルイーヌがベリーの自作自演である証拠を取り出し、ベリーが捕縛される。

それに気づけなかったスウィルが信用を無くし落ち込んでいるところをルイーヌが癒やし、これをきっかけに二人は晴れて正式に婚約し直すのだ。

「ルイーヌ嬢には自作自演だと証言してもらうために、令嬢たちからの信用を勝ち取ってほしいのです」

パーティーの際、ルイーヌの取り巻きに入らなかった令嬢は五人。

ガブリュ公爵の長女、二十五歳のヘンリエッティ嬢。

ミカンタ侯爵の三女、十四歳のアージェ嬢。

アーダルデシア伯爵の長女で十九歳のユーイ嬢と、次女で十五歳のヤーエ嬢。

そしてヘリアズ大公の長女にしてスウィルの双子の妹、十六歳のナヴィル嬢。

彼女たちは全員が自分の意志で入らなかった者だ。

「全員からは難しいかと思います。特にナヴィル嬢はスウィル様の妹ですし」

「無理に味方にしなくてもいいんです、私の敵にさえなってくれたら」

「ベリー嬢、何をするつもりで…」

引き留めようとするルイーヌをよそに、ベリーは馬車から降りた。

「私たちが連絡を取ることは今後ありません、共謀していると分かれば貴女にも被害が及びます。…心配いりませんわ、悪女のフリをするのは得意ですから」

「待っ…!」

ベリーは逃げるようにその場から走り出した。

もと来た道を走り続け、隠し通路を通って部屋に戻る。

「っ…うぅ…」

限界だった。

あれ以上、計画を告げることができなかった。

止められる可能性があったのも理由の一つだ。

けれどそれよりも、ベリーは己の覚悟の脆さに恐れをなした。

自らの矜持を引き裂くという、その作戦を口に出す勇気がなかった。

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