第十二話
城に移り住んだベリーを待っていたのは王太子の婚約者、という肩書きではなかった。
「王太子妃候補、ですか」
「左様でございます」
ベリーを蔑むように壮年の女性が立ったまま口を開いた。
その理由は勿論、ベリーの全てだ。
女性は新緑色の目をこちらに向けて敵意を露わにする。
「現婚約者でいらっしゃるルイーヌ様は伯爵令嬢ではございますが、歴史ある家柄と清廉な人柄を併せ持つ方でございます。後ろ指を指されることのない令嬢が王太子妃となるのが相応しいと、多くの臣下の支持を得ております」
つまりはこの侍女もルイーヌを推しているのだろう。
「なぜ貴女はこちらに?カンディエ夫人」
長年城で務めている彼女をベリーは当たり前だが知っている。
彼女は『魔の欠片』を酷く嫌っていて、黒く染めていた当時でさえ、菫色の目をしたベリーを嫌っていた。
普通ならば侍女に充てがうのは慕う人間ではないのか。
カンディエ夫人が鼻で笑った。
「貴女のように図々しくも戻ってきた令嬢につきたいと思う侍女がいるとでも?」
「…なるほど」
つまりはベリーを慕う侍女はいないと。
よくもまあこんな所に平気でベリーを連れてきたものだと思う。
しかしそれは好都合だと考えた。
ベリーの目的は王太子妃になることではないのだから。
「カンディエ夫人、便箋と封筒を。手紙を出したいの」
「お父上にですか」
ホームシックと勘違いしたのか、それとも苦情を書くつもりだと思ったのか。
グリュフを知っていればそんなことを言うはずがない。
「いいえ、貴族の令嬢たちによ。一週間後にパーティーを開くわ。婚約者候補として選ばれたのだもの、挨拶くらいはしておかなきゃね」
「…本当に身の程知らずですこと」
そう言うと、ベリーの命令通りレターセット一式を取りに部屋を出ていった。
一人きりとなった私室。
ベリーはこれ幸いと背伸びをした。
「うーん、俄然、やる気が出てきたわ」
実のところ、ベリーを慕う侍女が充てがわれていたらどうしようかと考えていた。
いくら王家が憎くても侍女まで巻き込みたくはないし、協力出来ないばかりかスウィルにバラされて止められる可能性があった。
あれほど嫌われているならばベリーがこれからしようとすることを止めようとなど考えないだろう。
やがてカンディエ夫人が紙とインクを手に戻ってきた。
ガチャンと執務机に置かれ、近づきたくもないというようにベリーから距離を取る。
これならば内容を見られることもないだろう。
ベリーはペンを手に取ると、パーティーへの招待を一枚一枚書いていった。
それから一週間後の、青空の下でベリー主催のパーティーが予定通り開かれた。
突然の招待だったにもかかわらず多くの令嬢が集まったのは、療養後初めてベリーと会えるからだろう。
エリィと同じ黒髪だと思っていたのに実は私生児で赤い髪だった、噂通りだったと彼女たちは一様に同じ反応をする。
皆が紅茶を飲み、菓子に手をつけるのを眺めながら、ベリーはただ一人を探した。
待ち人は、一番最後に現れた。
「ごきげんよう、ヒューノット公爵令嬢」
そう声をかけられたベリーが振り向くと、緑がかった茶色の髪にクチナシのように鮮やかな黄色い目を向ける令嬢が多くの取り巻きを連れてやって来た。
これがベリーとルイーヌの信用の差だとでも言うように。
「ごきげんようアグサシオン伯爵令嬢」
「この度はご招待いただきありがとうございます。伯爵家出自である私にまで手紙をくださるなんて」
社交界特有の回りくどい嫌味である。
要約するとルイーヌはベリーに『私を招待するなど、もう勝ったつもりか』と皮肉っている。
「こちらこそ、来ていただいて光栄です。実は少し、断られるのではないかと心配しておりました」
『よく来れたな、身の程知らずが』と微笑みながら告げると、ルイーヌもまた口元を隠しながらベリーを見つめた。
「あら、どうしてですか」
「だって私、このような姿でしょう。お嫌なのではないかなと」
『赤い色素を持つ私に負けるなんて無様だこと』
「そんなことありませんわ、むしろ安心いたしました」
「安心?」
「療養中とのことでしたから。どうかご無理なさらず、困ったことなどがあればどうぞお声掛けくださいませ」
『出戻りのくせに。そっちこそさっさと負けを認めて、私に許しを請え』
何が清廉な心を持つ女性なのか、と疑いたくなるほど清々しい言い回しである。
これだけ周囲の支持も心の強さも持つのであれば、それこそ伯爵令嬢が王太子妃になっても申し分ないと本気で思う。
「お気遣い、痛み入ります。そのようなことがあれば是非頼らせていただきますわ。…ああ私としたことが、立ち話もなんですし、よければ座って話しませんこと?」
『そのようなことは起きない』と伝え、紅茶と菓子に誘うと、ルイーヌは首を一度振った。
「申し訳ないのですが本日はこれで」
「まあ、もう帰ってしまわれるのですか」
それはつまりルイーヌが負けを認めるようなものである。
内心焦っていたベリーに、彼女はくすっと笑う。
「ええ、目的は達成しましたもの」
そこに深い意味はなく、まさか本当にベリーの顔だけが見たかったとでも言うのだろうか。
するとルイーヌが続ける。
「それに本日は他にも予定がありまして、寝ている時しか休む暇が無いくらいですの」
『清々今のうちにこの時間を堪能すればいい』ということか。
ベリーはにこっと笑顔を見せた。
「それは大変ですわね、まだ十八歳だというのに。あと三年はゆっくりされても宜しいのでは」
三年、それはルイーヌとスウィルの婚約期間。
つまりベリーは『今から新たな婚約者を見つけても、結婚する頃には既に行き遅れだろう』と告げたのだ。
ルイーヌから笑みが消えた。
「同じ歳のくせに」
彼女は踵を返すと会場を去っていった。
後ろに立っていた取り巻きたちも一緒にいなくなると、残りの令嬢たちも次から次へとベリーに声をかけて帰宅していった。
これがベリーの立ち位置。
ルイーヌにつかなかった令嬢たちもいたが、彼女たちはおそらくベリーではなくヒューノット公爵家、或いは王家に従っている。
ベリー個人を慕っているわけではない。
しかしそれはベリーにとって、むしろ幸運だった。
全員が帰宅したのを確認したベリーは、カンディエ夫人を始めとする侍女たちに片付けを任せると「疲れた」と告げて部屋に戻った。




