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ーーー4話



(本当に本を読んだだけだったけど、よかったのかしら……?)


 アナはキョトンと首を傾げながらエリックを見つめた。エリックは何も言わず優しく微笑むと、小さな包みを懐から取り出しアナに手渡した。


 アナはますます意味がわからなくなったが、それを受け取り王宮を後にした。



『いかがでしたか? 王宮の本は?』


 帰りの馬車でマリアはそっとペンを走らせた。アナは夢のような時間を振り返り、無邪気に笑顔を浮かべながら感動を必死に伝えた。


『本当に夢のような時間だったわ。殿下の意図は結局、わからなかったけど、それがどんな物だったとしても一生に一度の思い出が出来た!!』


 アナの幸せそうな笑顔を見つめながら、マリアは、


(アナお嬢様、おそらく『一生に一度』ではありませんよ?)


 と心の中で呟きながら、アナがエリックにみそめられ、王宮に入る事になると、アナの側から離れなければならないかもしれない……と少しだけ寂しく思った。



 アナは自室に戻ると、マリアの様子に違和感を感じながらも、エリックから貰った包みを開いた。


(綺麗……。でも……、な、なんで?)


 アナは自分の瞳の色と同じ、とても綺麗な青い宝石が埋め込まれている髪飾りにドクンッと胸が跳ねた。


『やっと見つけた。また会えるのを楽しみにしている。 エリック・ローリア』


 アナはエリックの綺麗な字を読みながら、優しく穏やかな笑顔を思い浮かべていた。まともに筆談すらしていない。お互いのことなんて何も知らない。こんな事は何かの間違いのはず。


 そうわかってはいても、自分の頬に経験した事のない熱が襲ってくる。アナは両手で頬を包み、そのまま左右に引っ張ってみる。


(ゆ、夢ではないみたい……)


 女性の瞳の色と同じ装飾品を贈る事が何を意味するのかくらい知っている。聞こえるはずがないのに、心臓がドクドクとうるさいような気がした。





「エ、エリック殿下! どうなされたのです?」


 ミスタリア領の領主邸。エリックの突然の来訪に、アナの父『ムジカ・ミスタリア』は目を丸くした。


「お呼びたて頂ければ、こちらから馳せ参じたのですが……」


「ミスタリア家のアナ令嬢を妻に取ろうと考えている」


「……はぇっ……?」


「アナはどこにいるのだ? ムジカ公爵」


 エリックの穏やかな笑顔に、ムジカは顔を青くする。この国の次期国王を確実視されているエリックからの申し出の意味が一切わからなかった。


 アナを『欠陥品』として捨ててから3年。それ以前も、難聴が発覚してからというもの、公の場にアナを連れて行った事は一度もなかった。


(なぜ、殿下がアナの存在を知っているのだ……?)


 ムジカの第一の疑問はその事だった。そして妻を取らない事でも有名であったエリックの言葉に、混乱は最高潮へと達した。


「ア、アナは別宅にて療養中でございます」


「……そうか。治療の進捗は?」


「……か、芳しくありません……」


「どこの医者が同行している?」


 ムジカは、エリックの無表情にゾクッとした物を感じた。アナの様子を一切気にかける事なく、毎日を過ごしていたムジカにとって、答えようのない質問だった。


 エリックの政策が、常に『弱者』にとっての利を重んじている事はムジカも知っているし、それをよく思わない貴族との付き合いも頻繁に行っている。


 貴族の権威を削ぐような政策をとるエリックをよく思わない者達もたくさんいるのだ。


 それがエリックにバレる事も、アナを捨てた事実も、エリックの逆鱗に触れるに違いない。


 本来、ミスタリア公爵家にとって喜ばしい婚約話も、今のムジカにとっては首を絞める物でしかなかった。


(まずい。まずいぞ!! どこまでも面倒をかけよって!! どうせなら、こっそりと始末しておくべきだった!!)


 ムジカはゴクリと息を飲むと、エリックはふぅーっと長く息を吐いた。


「自分の子供の事だろう? 何にそんなに慌てている?」


「は、はい。アナが『ゆっくりと過ごしたい』と言うので、気心の知れたメイドと2人だけで、別宅で……」


「……そうか。その言葉に偽りはないな?」


「は、はい!」


「……面白い事を言うのだな。ミスタリア家、次期当主であり、学友でもあったジョンから、面白い事を聞いたばかりなのだが……? ムジカ公爵、王族に対する虚偽は重罪であるのは知っているんだろう?」


 ムジカは大きく目を見開き、顔を青くする。


「い、いや、私は、」


「事前に調査は行っている。貴様やその妻、使用人達のアナに対する仕打ちは全て私の元に届いているぞ?」


「……ア、アナは耳が聞こえないのです。領民を治める公爵家として、私は、」


「上辺でしか物事を見られない無能がッ……。自分の子ですら見捨てるような者に、この国の民を任せる事は出来ない。即刻荷物をまとめて国外に去れ」


「……ご、ご冗談でしょう? これまで我が公爵家はこの土地を繁栄させて来たはずです。エ、エリック殿下、も、もう一度ご再考を、」


「貴様が領民から不当な税を取り、私欲に塗れている事も知っている。本来なら爵位の剥奪と斬首だ。しかし、それも覚悟の上で内情を調べ上げ、王家に進言したジョンの功績に免じて、国外追放で手を打ったのだ……」


「そ、そんなはずはありません!! エリック殿下、もう一度、」


「もちろん、貴様の愚妻も連れて行け。二度とローリアの土を踏む事は許さない」


 エリックはそう吐き捨てると、振り返る事なく去って行く。ムジカはその場に膝を突き、何がどうなっているのか分からず、呆然とした。




 屋敷に響いた足音と人の気配にムジカが顔を上げると、そこには自分の息子の冷酷な表情があった。


「……二度と私とアナの前に姿を見せないでください。父様……いや、『ムジカ』。そして、『現当主』として言わせて貰おう。『ミスタリア』を名乗る事は今後一切禁じる……」


「ジョン……、な、何を言っている?」


「今までアナに対して自分達が何をして来たのか、この地の者達にどのように接して来たのかをしっかりと悔い改めろ。お前は、少し他人の気持ちを理解しようと努力すべきだ……」


「チィッ!! あんな貴族の権威を貶めようとする大馬鹿殿下に毒されおって!! あんな若僧はどうせ、」


 ジョンはムジカの言葉を遮り、顔を蹴り上げた。ガッと鈍い音と共に、ムジカのうめき声と荒い呼吸の音が屋敷に響く。


「き、貴様ぁあッ!!!!」


 ムジカは立ち上がるとジョンに拳を振り上げた。ジョンはそれをヒラリと躱し小さく呟いた。


「ムジカ……、公爵家当主に手を上げる意味がわからないわけでもないだろう? 国外追放ではすまない。それから、エリック殿下への侮辱は許さない……」


 ジョンの怒気にムジカはペタリと座り込み、絶叫しながら床に拳を叩きつけ、涙を浮かべた。






 あれから1ヶ月に3度、王宮へと招待を受けた。


 アナは、何も言わずただ自分が本を読んでいる所を眺めているだけのエリックが気になって仕方がなかった。


(あの髪留めはどういう意味だったのかしら……?)


 いくら考えた所で答えは出ない。ただ、何も言わないエリックの穏やかで優しい笑顔が気になって上手く物語の中に入っていけなくなってしまった。


『あの髪留めの意味は? なぜ私を王宮に? どうすればそんなに綺麗な笑顔を?』


 気になる事は山ほどあったが、聞く事は躊躇われた。聞いてしまえば、この夢から醒めてしまうような気がしたからだ。



 3度目の茶会を終え、マリアと2人食事を摂っている時、アナはペンを手に取った。


『ねぇ、マリア。殿下はどういうつもりなのかしら?』


『殿下には殿下のお考えがあるのでしょう。アナお嬢様は何も気にする必要はございませんよ?』


『マリアは殿下をどう思う?』


 アナから特定の人物に対しての意見を求められるのは初めてだったマリアは、驚きながらもアナの心の変化に頬を緩めた。


『とてもお優しく、聡明なお方だと思っております』


 アナはマリアの笑顔と言葉に頬を染める。自分が心から信頼するマリアがエリックを褒めてくれた事が何だか嬉しかった。


 それが何を意味しているのかわかってしまったアナは更に頬を染め、懐に忍ばせていたエリックからの髪留めをギュッと握りしめた。





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[気になる点] 殿下の公爵断罪シーンは王命(あくまで国王陛下代理)なんですよね?いくら王太子でも公爵の処遇をどうこうできませんものね。
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