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ーーー3話



 エリックはコロコロ変わるアナの表情を眺めながら紅茶を啜った。


(2人で生活していると聞いたが、メイドのこの警戒心……。それだけで彼女の心が透けるようだ)


 マリアからの警戒の視線に、アナが普段どのように過ごしているのか? が伝わってくる。国政の第一線にいると、従者の対応が主人の人柄を如実に現す事をよく知っている。


(ふふっ。これほどまでに警戒されるということは、このメイドの中で、第一王子である私よりも『主人』がなによりも優先されるのだろう)


 従者の心をそれほどまでに掴むのは簡単な事ではない。それをおそらく『無自覚』にこなしてしまっている事がどれほど稀有な存在なのかを示している。


 もちろん、それだけが全てではないが1つの材料として判断するのがエリックの癖になっている。それは直感などと曖昧な物ではなく、経験と実績に基づいた限りなく正解に近い答えなのだ。


 未だ警戒心を解かないメイドとは違い、一国の王子を前に、開き直っているかのような態度のアナは素直に好感が持てる。


 立居振る舞いはお辞儀を見れば伝わってくる。


 耳が聞こえないと言うだけで不当な扱いを受けていたのは調べているが、彼女は彼女なりに『すべき事』……、公爵令嬢としての教養は一通り学んできている事は一目でわかる。


 エリックはずっと自分の言葉の裏を探られる事に辟易としていた。だからこそ、開き直ってくれる方が気持ちがいいのだ。


(やはり君は……特別な子だ)


 自分に擦り寄ってくるのは、自分の利益を考える者ばかりだ。それが間違っているとも思わないが、当事者からすれば堪ったものではない。


 国のために婚姻を結ぶのも第一王子としての責務だ。だが、それが必要ない事は「これまで」で充分に示してきたつもりだ。


 伴侶は心から一緒にいたいと思える淑女でなければならない。



 エリックは、本に没頭しながら素直に喜怒哀楽を表情に現すアナの心の中を見つめながら、アナが何にどう感じ、何を思うのかを楽しみながら、また1つ紅茶を啜った。


 アナの素直な心と、自分と近い価値観を感じてくれているだけで、日々の疲労が軽減していくのを感じる。


 ただ、そこに居てくれるだけで、こんなにも心が穏やかになるような女性はきっとアナだけだろうと思った。


(問題は王宮に入ってくれるかどうか……)



 エリックはアナとアナが読んでいる物語の行く末を見守りながら、自分の『あの時』の『直感』は間違いではないと確信した。



 アナと初めて会ったのは7歳の頃だった。アナ本人は一切覚えていないのも仕方がない。全てが嫌になり、王宮を抜け出した時の事だ。


 『特異体質』だったエリックは全てに対して投げやりで、アナに出会わなければ今の『エリック・ローリア』はなかったのだ。



『すごい! あなたは誰よりも人の気持ちがわかるのです。きっと素晴らしい人になれます! そのような『力』を持って産まれたあなたには責務がありますよ? 1人でも多くの人に寄り添い導いてあげて下さいね?』



 わざとボロボロの服を身に纏い、自分の無力さを嘆いていたエリックを王宮に引き戻したのは一枚の紙切れと耳の聞こえない公爵令嬢の屈託のない笑顔だった。


 決して上手とは言えない文字とぎこちないお辞儀にエリックは心打たれた。それが心からの言葉であった事にエリックは救われたのだ。


 公爵令嬢にもかかわらず、舞踏会などで一切見かける事はなかったが、やっとの思いで見つけ出したのだ。


『私は『責務』を果たせているだろうか……?』


 エリックはそう聞いてしまいたかったが、穏やかな空気感と物語に没入する姿に、邪魔をする事に躊躇してしまった。


 何より、あの時のボロボロの少年が自分であるとは一切思っていないようなので、アナに伝えたところで、支離滅裂な言葉になってしまう。


 アナの穏やかな表情を見つめながら、エリックはまた一つ笑みを溢した。




 マリアはいつも通りに物語に没入していくアナに頬を緩めながら、何も言わず穏やかな笑みを浮かべるエリックに激しく動揺していた。


(なぜアナお嬢様を王宮に招いたんだ……?)


 いくら考えても答えは出ない。いくら注意深く探ってみても、一切考えが読めない。すっかり開き直ってしまったアナに苦笑しながらも、何も言わず、洗練された所作で紅茶を啜るエリックの思惑が掴めずにいる。


 他人の心や顔色に敏感なアナが何も気にせず、まるでいつもの庭先かのように物語に没入している。


(私が警戒しすぎているのか……? エリック殿下はアナお嬢様の身体的特徴を利用し、『可哀想な公爵令嬢』に慈悲を与える事で、国民からの支持を得ようとしているのではないの?)


 マリアはご主人様がくだらない事の『道具』として扱われているのではないか? と苛立ちを募らせ始めた。



「……アナ・ミスタリア公爵令嬢は不思議な女性だな」


 エリックの呟きは決してアナに届く事はない。マリアはゴクリと息を飲み口を開く。


「エリック殿下。なぜお嬢様を招かれたのです?」


 エリックは「ふふっ」と微笑み、アナの横顔を愛おしそうに見つめると口を開いた。


「初恋の女性に会いたいと思うのは、至極当然だと思うが……?」


「……!? エリック殿下とお会いしたというお話はお聞きしておりませんが?」


「私はよく覚えている。いいんだ。私が覚えていればそれで……。……マリア、これはアナには内緒にしておいてくれ。恥ずかしいからな」


 エリックの告白にやっと感情が垣間見えた。マリアはその少年のような照れた笑顔の裏を探る事はしなかった。


 それが嘘ではない直感があったし、なによりもこれまで、辛く険しい生活を強いられて来たアナが報われる予感に、目頭が熱くなってしまったからだ。


 マリアは、そんな会話が繰り広げられている事など、一切気づかず物語に没入している自分の『ご主人様』を見つめながら、1つの憂いを心の中で呟いた。



(旦那様と奥様はどうなさるのかしら……)



 聞こえないからといって、何を言っても許されるはずはない。マリアは3年前の2人の言葉を一瞬でも忘れた事はない。


――欠陥品め!! さっさと死んでしまえ!!

――他の家に示しがつきません!! あなたなんて産まれて来なければよかったのよ!!


 マリアは深く息を吐きながら、沸々と憤怒を沸き上がらせた。


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