ーーー1話
「ア、アナお嬢様!!!!」
公爵家令嬢「アナ・ミリタリア」の専属メイド、マリアは震える手に一枚の招待状を握りしめ、屋敷の扉を勢いよく開き、駆け出した。
もちろん、自分のご主人様であるアナが難聴である事は知っているが、叫ばずにはいられなかった。王家の紋章があしらわれているのだからそれも仕方がないのだ。
アナは1人庭先で読書を嗜んでいる。
コロコロと表情を変えながら、物語に没入しており、マリアの叫び声と興奮など一切気づく事なく物語を読み進めている。
マリアはそのいつも通りのアナの様子にすっかり落ち着きを取り戻し、王家からの招待状を大切にメイド服に忍ばせると、アナの邪魔にならないようにティーカップをこっそりと手に取り、紅茶を淹れる。
テーブルに置くと、アナはマリアに視線を向けニッコリと微笑み小さく頭を下げると、また視線を本に移す。
銀髪の美しい長髪に綺麗な紺碧の瞳。とてもじゃないが耳が聞こえないとは思えない。アナはポロリッと白い頬に涙を流し、お日様の匂いを嗅ぐように天を仰ぐ。
マリアはメイド服から一冊の手帳を取り出すと、そこにペンを走らせる。
『本日の本はいかがでしたか?』
アナはニッコリと微笑むと、その下にペンを走らせる。
『とってもよかったわ! マリアにも読んで欲しい!! 読み終わったら、いつもみたいに感想を言い合いましょう!』
『楽しみにしております。私も今日中に読んでしまいます』
『それがいいわ!! 洗濯物も取り入れておくし、夕飯も今日は私の当番よね? 夕食をとりながら、この本について話しましょう!!』
『ふふっ。承知致しました。アナお嬢様の夕飯、楽しみにしております』
マリアは自分がメイド失格である自覚がある。本来なら、全ての家事をしなければならないのに、アナのうるうるの瞳に懇願され、気がつけば食事は当番制になってしまっている。
一度、勝手に支度を済ませた時にすごく悲しませてしまった記憶は今でもしっかりと覚えているのだ。
(こんなにメイドの事を想ってくれるご主人様はアナお嬢様しかおられないわ……)
拾ってくれたアナに対する忠義心は日を追うごとに増して行く。まだ物語の余韻に濡れている瞳を見つめながらマリアは微笑んだ。
アナは10冊目になった『筆談用』の手帳を1つ撫でると、マリアの穏やかな笑顔を見つめた。
(マリアってば、本当に美人。私なんかの世話係で一生を過ごすだなんてもったいないなぁ〜……。でも一緒に居てくれるだけで私はとっても幸せ者だわ!)
そんな事を考えながらも、以前それを伝えた時、本当に怒って、すっかり拗ねてしまったのを思い出し、アナは「ふふっ」と小さく笑い、ここに来た時の事を思い返した。
※※※※※
名門と呼ばれるミリタリア公爵家に生まれたが、3年前に屋敷から追放され、領地内の小高い丘の上の『離れ』でマリアと2人で暮らし始めた。
家を追い出される時、激昂する父と母の声は一切聞こえなかったが、その顔は怒気で真っ赤に染まっており、自分の存在が面倒で仕方がないのだろうと思った。
公爵令嬢にも関わらず、自分に対する婚約の申し出は一切なかった。何も聞こえず、喋る事すら出来ない自分を貰ってくれる方などいるはずがないのは理解できる。
ミリタリア家を更に発展させるような場所に嫁がなければならないのに、それは叶わない。『公爵令嬢』という道具の価値が自分には一切ないのだから、両親の怒気も納得出来る物だった。
執事やメイドには憐れみと少しばかりの嫌悪の視線を向けられていた。何も聞こえなかったが、陰口を言われている事は顔を見ていればわかる。
耳が聞こえないからこそ、相手の顔色には敏感だったのだ。わかってはいたが、アナはそれを黙認し続けた。自分が『欠陥品』である事はわかっていたし、嫌われるのも当然だ。
だってお礼の1つも口から出ない。ペコッと頭を下げるだけでは感謝が伝わらないのは当然だし、一々筆談しないと意思の疎通が図れないなんて、面倒で仕方がない。
口を読み、相手の言葉がわかったところで、自分がペンを走らせている時間は無駄な時間でしかないのだ。忙しい使用人達が自分を嫌うのも当たり前なのだ。
だからこそ、アナはこの追放を喜んだ。
(こんな物語を以前読んだ事があるわ……。それに、あの『離れ』には数千にも及ぶ本があったはず!!)
などと、考えながら「もう自分の事で誰かに迷惑をかける事はなくなる」事が嬉しかったのだ。
自分のことで思い悩む両親をずっと見てきていた。忙しい合間を縫って相手をしてくれていた使用人達の嫌な顔を見てきた。だからこそ、自分が屋敷を離れる事で少しでもみんなの気分が晴れればいいと思っていたのだ。
翌日、屋敷を離れる時見送りは1人もいなかった。アナは1番お気に入りだった本を一冊だけ握りしめ、やっぱり少しだけ寂しいと思ってしまう自分に苦笑を浮かべた。
荷物はすでに馬車に運び込まれており、アナは屋敷に向かって一礼した。
(こんな私をここまで育ててくれて、ありがとうございました……)
もう15歳。公爵令嬢とはいえ、自分の立場は理解している。『離れ』さえ与えてくれるなら、1人で生きて行くことくらいはできるように努力してきた。
(大丈夫。1人でも生きていける。私は本さえ読めればそれでいいの)
ふぅ〜っと長く息を吐き、馬車に乗り込むと、これで最後になる美しい庭の花々に目を向けた。一向に出発しない馬車に首を傾げながらも、アナは大きく息を吸った。
馬車の外には、大荷物を持ったマリアがメイド長と揉めていたがアナは一切気づく事なく、花の香りを堪能していた。
「私は、アナお嬢様と一緒に行きます!!」
「待ちなさい。マリア! そんな事許されるはずがないでしょう!!」
「メイド長。私はアナお嬢様の専属メイドです。私がお仕えしているのはミスタリア公爵家ではなく、アナお嬢様なのです!!」
「そんな屁理屈が通用するはずがないでしょう!! 旦那様と奥様が何て仰るか……。あなたはミスタリア家に拾われた身でしょう!!」
「……私はアナお嬢様に拾われたのです。旦那様や奥様に拾われたわけではございません!」
2人の言い争いの声に1人の男が屋敷から顔を出す。
「マリア。アナを頼んだよ? 可愛い妹なんだ。君が一緒に行ってくれるとすごく助かる……。私の許可があれば問題はないだろう? メリダ」
アナの兄ジョンの一声で、メイド長は押し黙り、マリアは歓喜の笑顔を浮かべた。
「心より感謝申し上げます、ジョン様! この御恩は一生忘れる事はありません!!」
「ふっ……、アナを頼んだよ? マリア」
マリアはメイド服をヒラリとさせながら、慌てて馬車に乗り込んだ。アナが涙しているのではないか? と気が気じゃなかったのだ。
アナは馬車の中に、新しい空気と人の気配を感じ視線を移した。そこには嬉しそうにニッコリと微笑む、唯一自分を大切に思ってくれていたマリアの笑顔があった。
『私はアナお嬢様の専属メイド。どこまでも、どんな時も、お側におります』
手渡されたメモ書きにアナはグッと唇を噛み締めた。
(こんなに幸せな事ってないわ……)
唯一無二の存在。アナにとってそれがマリアだった。どれだけ納得できた追放でも、例え無数の本に囲まれても、マリアとの別れだけはずっと目を逸らしていた。
これからはマリアとも離れ離れ……。そう考えると涙が溢れそうになってしまうから、必死に見て見ぬフリを貫いたのに、マリアの笑顔がそばにあるだけで涙が止まらなくなってしまった。
『アナお嬢様? 大丈夫ですか? 何か私に出来る事はございますか?』
らしくない、書きなぐった文字に頬が緩む。アナは震える手でペンを走らせた。
『嬉しいの。マリア。本当にありがとう。お父様やお母様は大丈夫なの?』
『心配いりません。ジョン様から許可を頂きましたので!』
アナはチラリと馬車から屋敷の入り口に目を向けると、そこにはいつも何を考えているのかわからない兄が少し寂しそうに立っていた。
(ジョンお兄様が……)
馬車の中から感謝が伝わるように頭を下げると、兄は軽く手を上げ、屋敷へと消えていく。アナはまたペンを取ると、
『マリア。少しだけ手を握っていてくれるかしら?』
と書き綴った。マリアはすぐにアナの手を取り「喜んで!!」と大きく口を開きながら、ギュッとアナの手を握ったのだった。
※※※※※
あれから3年、アナはこの生活を心から喜んでいる。ミリタリア家からの援助は一切なかったが、もう一つの趣味である、お菓子作りが功を奏し、レシピを売る事で少ないながら2人で暮らしていく分には充分なお金も稼げるようになった。
アナは大好きな本に囲まれ、マリアと生活できるこの日々がずっと続けばいいと、小さな幸せを噛み締めている。
それだけにマリアの少し緊張した面持ちに違和感があった。いつも温かい笑顔の裏側が、今日は気になって仕方がないのだ。
(ついに私に愛想を尽かせたの……?)
一抹の不安を胸にアナはペンを取った。
『マリア。いつもと様子が違うけど、何かあった?』
マリアはアナの言葉に少し目を見開き、優しく微笑むと、先程大切にしまった一通の招待状をテーブルの上に置いた。
『王家からのお茶会の招待状です。どうなさいますか?』
アナはマリアが自分に呆れたわけではない事にホッとしながらも、首を傾げる。
『エリック・ローリア』
この国の第一王子。容姿端麗で妻を取らない事でも有名な次期国王を確実視されている男性だ。国を問わず、複数の縁談が舞い込んでいると聞いたことがある。
その手腕で他国との同盟を築き、国の民にかかる税を軽減させる事で、人々の暮らしが豊かになったのも、周知の事実だ。
アナはそんな殿下からのお茶会の誘いに、大きく首を傾げた。
(なんで私なんかに殿下からお茶会のお誘いが?)
アナは綺麗な紋章が押されている王家からの招待状に少し眉を顰めた。
異世界恋愛は初めて書きました。
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