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レイ視点 (時系列:本編終了後)

 寒さが徐々に増し、セレーネの大半が農閑期を迎えようとする中、レイは王宮の自室で諸々の報告書に目を通していた。

 本来ならまだソレイユに滞在している時期なのだが、ニナのことがあり、早めにセレーネへと戻って来ていた。

 ニナの失踪からおおよそ一か月が経過しようとしていたが、手掛かりは依然として掴めていない。

 最初は焦燥感に囚われていたレイだが、これだけ時間が経っても悪い報せすら聞かないということは、姉が上手くやっている証拠だと、冷静さを取り戻しつつあった。

 もちろん、ニナが何者かに拉致された可能性もまだ否定はできないため、そちらの調査は継続している。

 しかしながら、ニナが王女であることを承知で拉致したのであれば、貴族側に何かしらの動きがあるはずだ。それが全く見られないということは、貴族がニナを監禁している可能性はないと思っていい。

 リーンハルトも言っていたように、ニナは国で最上級クラスの防御魔法の使い手だ。ワイバーンの攻撃を防いだあの竜巻なら、たとえ元が防御魔法でも牢屋や邸の一室くらい軽く吹き飛ばせる。貴族だろうと平民だろうと、ニナを捕らえて長期間監禁することは難しい。

(拉致という可能性はやはり低いですね……)

 そもそも、簡単に拉致されるところが想像できない。

 誰に教わったのか、ニナは少し特殊な護身術を使える。薬で眠らせるなど、ニナの意識を奪わなければ拉致は難しいだろう。

 それに、拉致されたのであれば、ニナも何らかの方法で王家かフェガロ家に連絡を取ろうとする筈だ。

 そうやって様々な状況を考えて、拉致である可能性を否定し、ニナが無事だろうことに安堵する。そして同時に、ニナが自ら失踪したという事実にレイは何度も重い溜め息を吐いた。

 ニナが貴族や貴族との結婚、それを進めている王家を快く思っていないことは前から知っていた。

 父との関係は何とも言えないが、自分や特にリュカとナディアのことは好いているようだったから、その事実に安堵していたのだ。ニナが嫁ぐその日までは同じ生活が繰り返されると、勝手に期待していた。

 レイは恐らく王家の一員の中ではニナに一番近い立ち位置にいた。王家の誰よりもニナと過ごした時間が多かったのだから――それは決して十分な時間ではなかっただろうが――、レイしか理解できていない部分は確かにあった。同時に、その突飛な思考に触れて理解を放棄した部分もあるが、これについては恐らくほとんどの人間が理解できないことだろう。何を切っ掛けに、七歳を境に人柄が変わってしまったのか、誰も知らないのだから。

(姉上……)

 レイはレイなりに姉のことを大切に思っている。リーンハルトに優しいふりをしているだけだと言われて何度も考えたが、その思いは紛れもない事実だ。

 幸せになって欲しい。人柄が良くて、姉も好きになれるような人物と結婚して幸せな生活を――。

 レイはそう思うが、ニナの方はそもそも貴族と結婚したくないと言う。

 しかしながら、ニナの立場上、結婚せずに生涯を終えるというのは難しい。貴族からの不満が出るのは火を見るより明らかであるし、王家としても貴族との関係は良好に保ちたい。

 幸せになって欲しいと思うが、それは我が儘を全て聞くということではない。王家の人間として、ニナにはそこだけは呑んでもらわなければならないのだ。

 そう考えることは、姉を大切にしていないということと同義なのだろうか。

 心の奥に、不快感が溜まっていく。

(リーンハルトは王家の人間ではないからあのようなことが言える……)

 レイの思いがただのふりだと言えるのは、彼がレイのような責任ある立場にないからだ。

 もちろん、リーンハルトはそんなことは百も承知だろう。彼は分かっていてそう言ったのだろうし、将来の臣下となる彼にレイが求めるのは自分とは違う考えだ。

 レイを批難しているわけではないし、彼自身、ニナよりもフェガロ家を優先しているのだから批難できる立場にもない。

 あの時は腹を立てたが、リーンハルトの言葉は間違っていないと理解できる。彼はただ、自分と似たような状況に陥っているレイに、気付け、と言っただけだ。

(今の、この腹立たしさは、あの時とは違う……)

 レイの脳裏にあの時のリーンハルトの苦笑が蘇る。

 きっと彼も自身に対して憤りを感じているのだろう。それでもフェガロ家の人間としてどうにもできないという現実に苦笑せざるを得なかったのではないか。

 今ではそんな風に感じられる。

(私も……)

 自身の姉に対する思いが嘘だとは思いたくないが、ニナが自ら姿を晦ましたという事実が全てを物語っているような気がしてならなかった。

 王族としての立場、貴族との関係、その他諸々を考えれば、自身の考えは決して誤ってはいないと思えるのだが、レイ自身も心の何処かで自身に対して憤りを感じているのだ。

 何故、こんな行動を取らせてしまったのだと。もっと姉の気持ちを慮ることはできなかったのかと。姉と過ごす時間をもっと増やしていれば、まだ理解できていたのではないか、と――。

 この国の第一王子として、姉だけを優先するようなことはできないとは分かっている。だからこれは、レイという一人の人間としての感情だ。

 レイは一つ溜め息を吐いて、部屋の中に控えていた侍従に声を掛けた。

「リーンハルトの所に行きます。フェガロ家に連絡を」

「畏まりました」

 急な訪問になるが、ニナのことで動いていないなら、リーンハルトも時間があるだろう。どちらにしろ、王子である自身が訪ねたいと言えば、彼は否やを言えないのである。

 そういう意味では自身もリーンハルトに甘えているのだなと感じながら、レイは身支度をするために一度私室へと戻った。




「――それで、今日はどんな用事なんだよ」

 王都のフェガロ邸の一室、リーンハルトに招き入れられたレイは、ただ出された茶を飲んで寛いでいた。

 痺れを切らしたようにリーンハルトが口を開き、レイは一旦持っていたカップをソーサーの上に戻す。

「特に、これといって用事があるわけではありませんよ。同じ場所で悶々と考えても煮詰まるだけなので、気分転換がしたかっただけです」

 何となく、彼に会いたくなっただけなのだが、そう言っても信じないだろう。

 そう思って口にした言葉だが、それもリーンハルトには胡散臭く思えたようだった。

「……あいつに関する情報を引き出そうとしても、俺は何も知らないからな」

「期待してませんよ。この前、関わってないと言ってましたから」

 漸くレイが何も企んでいないと納得できたのか、リーンハルトは小さく息を吐いてソファーの背に凭れ掛かった。

「ま、何の情報もないんだけどな。そっちも似たようなものなんだろう?」

「ええ……」

 溜め息を吐きたい気分だったが、もう溜め息すらも飽いてしまったのか、結局口から溜め息が漏れることはなかった。

「ここまで見つからないとなると、この近辺にはいないんだろうな……」

「でしょうね」

「もうあいつが乗馬を覚えたのすら、この時の為だったんじゃないかと思えてくるよ……」

「流石にそれは――」

 言い掛けて、レイは口を閉ざした。

 姉が乗馬の練習をしていると聞いたのは、十歳くらいの頃だったか。馬に乗りたいと思い始めたのがいつのことかは知らないが、七歳以降であるなら、関係していないとは言い切れない。

「オルガ様の話を聞いたのか、それよりも前にディートフリート叔父に剣を教えてくれとか言っていたからその一環なのか、本当のところは分からないけどな」

「剣を……」

 レイの知らない話だった。

 ディートフリート・フェガロに直接言ったのだろうが、叶わなかったのだろう。もし剣術まで習っていたのなら、自身の耳にも入って来ていた筈だ。

「何で剣なんだって後から訊いたら、役に立ちそうだからとか色々言った後に、男に生まれたかったとか言ってたな。理由は結局口にしなかったが、あの頃から色々と考えてたんだろう。ま、実際男で生まれてたらもっとややこしい事態になってただろうけどな」

 リーンハルトは面白そうに笑うが、レイは姉が男で王位継承権を持っていたらと考えて眉を顰めた。

 ややこしいと一言で言えるような状況ではないだろう。

「やめて下さい。頭が痛くなります」

「悪ぃ」

 リーンハルトは笑うのをやめて、どこか遠くへと目を向ける。

「でもまぁ、オルガ様は本当に上手くやったよな……側室に反対する連中もまだいた中で、王妃様より先に身籠って自分の地位を守って、フェガロ家も望んでいた王女を産んだ。その後すぐに殿下が生まれたことで王妃様とディークマイヤー家の顔も立てれた。本当に、運が良かった……」

 そこまでは、とリーンハルトの小さな呟きが聞こえて、レイの胸にも影が差した。

 オルガが亡くなった時、レイ自身も幼かったし、レイの周りにはオルガのことを語る人物がほとんどいないため、知っていることは少ない。

 レイが知っているのは、その年の冬はいつも以上に寒さが厳しく、大量に押し寄せた魔物の群れでフェガロ領が苦境に立たされていると聞いたオルガが、領の防衛のために故郷に戻ることを希望したということだけだ。

 防衛のために魔力を消耗し過ぎたオルガは、寒さもあって体調を崩し、そこから徐々に衰弱していって最後には流行り病で亡くなった。

 オルガが別館でどのように過ごしていたのかは今猶分からないし、最後まで残った世話係も死んでニナさえも死に掛けたことですら、最近まで知らなかった。

「この前、リーンハルトから聞いたことを、父上に尋ねました。父上はただ、事実だ、とだけ言って、他のことは何も教えてくれなかった……」

「ふぅん、陛下がねぇ……」

 どうしてそのような事態になったのか、理由は何なのか、レイが何度問うても、父ローラントは口を閉ざし続け、最後には「その話はやめなさい」と言ってレイを執務室から追いやった。

「何か口にできないことがあるんでしょうね……警戒しているのか、後ろめたいのかは分かりませんが……」

 父のフェガロ家に対する態度について常々疑問に思ってきたが、一族の女性が産んだ王女が死にかけたのだ。父の意思ではなかったとしても、責任を感じてフェガロ家の動きを黙認するだろう。色々と思惑はあれど、彼らはニナのことを思って行動していることが大半なのだから。

「そういえば、庭師のフランツが、暇乞いをしていましたね。それもフェガロ侯爵の命ですか?」

「さぁな。辞めたって話は小耳に挟んだが、その後どうしたかって話は聞いてない。まぁ、フランツの場合、王女様がいないなら王宮に勤めてる意味なんて全くないからな。フェガロ領に戻したのか、捜索に向かわせたのかは、俺は聞いてない」

 本当に知らないのだろう。リーンハルトが嘘を吐いているようには見えなかった。

「自分から関わらないって父上に言ったからな。その辺はきっちり分ける人だから、噂話以外で俺に入ってくる情報はねぇよ」

 レイが、ニナに関する情報を探っていると思ったのだろう。リーンハルトは胡乱げな目をレイに向ける。

「ただ純粋に疑問に思っただけですよ。他意はありません」

「だといいが」

 以前、姉に関することでは、王家の人間は自分も含めて信用していないと言っていたその言葉を思い出す。

(仕方ありませんね……)

 姉のことは心配しているし、これまでの自身に憤りを感じている部分もあるが、レイはやはり、この国の王族の一員として、姉の思いを一番には考えられないのだから。


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