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ソレイユ王視点 (時系列:67話と68話の間)

 その日の政務を一通り終えたフェリクスの元に届いたのは、隣国セレーネ王からの手紙だった。

 渡されたそれに目を通したフェリクスは、傍に控えていた宰相のフレドリック・ハースに開いたままの手紙を渡す。読んで良いという合図だった。

 手紙に視線を落としたハースは、眉間に皺を寄せる。

「これは、また……」

「ローラントの溜め息が聞こえてきそうだな」

 手紙に書かれていたのは、かの国の第一王女であるニナ・スキアーが姿を消したという内容だった。イニティウムを発ったのを最後に、足取りが掴めていないと記されていた。

「王都内を探させますか?」

「念の為、セシルとシャリエ伯爵、フォンテーヌ家の令嬢にそれとなく探りを入れておけ。恐らくこちらには戻ってきていないだろうがな」

 エミリア・フォンテーヌなど、多少は親しくしていた人物はいるようだが、こういう時に頼るほど親しかったとは思えない。魔力喪失等の関連で便りを出している可能性はあるが、失踪の手掛かりにはならないだろう。

 自らの意思で逃げたとすれば、行き先はセレーネ国内と見るのが妥当だ。

(この様子だとフェガロ家からは何の情報も得られていないか……)

 ニナ王女については、長年セレーネ王から話を聞かされてきた。親子間の不和についての悩みが大半だったが、話の中からかの王女が最も頼りにしている人物がフェガロ侯爵であることはフェリクスも知っている。フェガロ家が何も知らないのであれば、有力な情報など何処にもないに違いない。

「このようなことを仕出かすのは我が娘くらいと思っていたが、あちらも変わらぬようだな」

「それはそうと、ニナ王女が見つからないままとなれば、こちらも些か困りますね」

 ハースの言に、フェリクスは頬杖をついた。

「ロゼールの発言は想像以上に影響力が強かったな。辺境伯家や国境付近に領地がある者達だけかと思っていたが、フォンテーヌ侯爵まで乗ってくるとは」

「それほど、皆、王家の魔力の行使や継承に不安を抱いているということでしょう。ニナ王女からの親書に書かれていたことが真であれば何の憂いもなくなりますが、真偽を確かめる術はありませんので」

 ニナ王女がインフィニティの離宮から送ってきた手紙は、ある程度信の置ける者には伝えてある。しかしハースも言った通り、書かれている内容が真か否かは判断に迷う部分が多い。フェリクスも、諸官も、それは同じだった。

 結局、セシルが一度魔力を失った事に対する貴族達の不安は拭えず、ロゼール・ブルクミュラーがかつて言ったように、ニナ王女をソレイユ国に迎えるべきだと主張する貴族が徐々に増えてきている。

「クロード殿下のお気持ちを汲むという点でも、ニナ王女には我が国にお出で頂きたかったのですが……」

「クロードか……」

 秋の初めに王宮内を騒がせた出来事を思い出し、フェリクスはふっと笑みを漏らす。

「ずっと心に決めている方がいらっしゃるとお聞きしていましたが、まさかニナ王女だったとは、私も驚きました。あの時ニナ王女に贈ったブレスレットは、春過ぎから作らせていたとか。もう少し早めにお知らせ頂ければ、こちらも手を打ちましたのに」

 クロードがいつローザ・フェガロがニナ王女だということに気付いたのかは、フェリクスも知らない。ただ、春過ぎから作らせていたものを秋のあのタイミングで渡したのは、諸官から結婚相手の選定を急かされたからだろう。

 王宮内のざわつきに、側近のファース・ジュネストが予め手を打てていなかったことを考えると、あれはクロードの独断だったに違いない。

「あれもまだ青いな……」

 自身ならばどのように事を運んだだろうかと一瞬考えたが、詮無きことだ、とフェリクスは考えるのを止める。

 自身と息子は違う。

 髪や目の色は自身と似て生まれたが、性格は全くと言っていいほど似なかった。

 だが、それでいいのだ。自身に似る必要はない。クロードにはクロードの強みがある。未だそこにはちゃんと気付けていないようだが、そこに気付ければ、良き王となるのだろうとフェリクスは考えている。

「しかし、ファース・ジュネストを補佐に付けたのは正解だったが、あれには似合わんな」

 側近からの報告では、クロードは、ローザ・フェガロの存在を知らしめることで起こる貴族達の動きを予測し、どれだけの貴族が自身の味方につくかを計算した上で事に当たったらしい。元々そのような謀略じみたことは苦手とするクロードが、そこまで考えていて感心したと、ファース・ジュネストは語っていた。

「クロードには必要な男だが、クロードの良さを損なうようであれば、少し引き離すか……」

「またそのように性急に事を考えずとも……ファース・ジュネストなら殿下の長所を十分に引き出しながらお仕えできるでしょう。今回は殿下も焦られていたようですから、それが原因で少々先走った行動を取られたに過ぎません。私からファース・ジュネストにも言っておきます」

「そうか。では、任せる」

「畏まりました」

 行って良い、と軽く手で合図をすると、ハースは一礼をして踵を返す。

(ニナ王女か……)

 直に顔を見たのは何年ぶりだっただろうか。まだ幾分か幼い印象もあるが、その容貌は生母のオルガ妃によく似ていた。何よりも、強い意志を秘めた新緑の瞳が、母親と重なって見えるほどだった。

 あれではローラントもやり辛いだろう。

 月に一度は共に食事を取っているという話だが、その程度では父娘の距離が縮まる筈もない。

 聞く限り、王女の方は頑なだし、ローラントの方は気概が足りない。これ以上傷付けたくないという思いが、臆病風を吹かせている。

 ローラントは元々思慮深い性格ではあるのだが、その考えの多くを黙したまま過ごすことが多かった。請われれば口にするが、弁が立つ方ではない。即位するまではそれが顕著で、周囲の策謀も重なってあのような出来事を招いてしまった。

 臣下に対しては大分変わったが、ニナ王女が相手となると昔のままのようだ。

 ――あの子は、私と共に過ごす時間さえ不快なのだろうと思う……。

 ローラントがそんな風に弱音を吐いていたのはいつだったか。

 気心知れたフェリクスは、そんなことを言っていたら何も始まらんだろう、と一蹴したのだが、きっと今でも同じようなことを考えているに違いない。

 目の前にいる相手が何を思い、何を感じているか。それを察して自己の振る舞いを決める能力は確かに有用だ。

 だが、相手が自分を嫌っているからと一定の距離を置いては何も為せやしない。

(ローラントも分かってはいるだろうが、性分なのだろうな……)

 フェリクスは、ハースが置いていった手紙を再び手に取る。

 淡々と事実だけが綴られているそれからは、ローラントの感情までは読み取れなかった。


10/15 誤字脱字報告ありがとうございました。

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