18話
信親が引きこもっている頃、岡豊城。
「相変わらず一直線な御方ですな、若君は」
そう言いながら老人が元親の杯に酒を注ぐ。
「兄上はどうされた?太郎左衛門もそのような性格だったであろう?」
この老人はかつての名を本山茂辰と言い親茂の父親である。
元親にとっては姉の夫であり親茂よりも先に元親に降伏し出家していた。
かつては血を血で洗いあった宿敵だが今では元親の良き相談相手である。
「あの時に戦を続けろと申した太郎左衛門を見て私はもう現役ではないと気づきましたな。殿も同じように?」
「うむ……しかしそなたのように負けては意味が無いのよ」
「もはや時勢は変わりました。織田政権からの覚えめでたき若君なら必ずや長宗我部家を守り抜けましょう」
「ワシももう43。早いものじゃのう」
「はっはっはっ。鬼若子と恐れられていた長宗我部元親も歳には勝てませぬか」
「そうかもしれんな。弥三郎を呼べ」
翌日、信親は元親に呼び出された。
「……何か?」
不満そうにする信親に対して元親は姿勢を改める。
「どうやら私も歳を取りすぎたようだ。歳をとると情が出てしまう。内政がいつか私に謀反を起こすことなど簡単に想像は着いたはずだ。だが私はそれを予測できなかった」
「父上も衰えましたな」
「左様、私は衰えた。もうすぐ父上の亡くなった歳に近づいている。そろそろ私も当主を退く時が来たようだ」
「なっ!?」
信親もさすがにここまでは想定していなかった。
驚きのあまりに立ち上がる。
「土佐守も辞任しそなたを推挙するように織田様に掛け合ってみる。今後はそなたが長宗我部を引っ張っていくのだ」
「……」
「当主たるもの時には修羅とならねばならぬ。御家を守る為ならば幼子であろうと容赦するな。言いたいことが分かるな?」
「はっ、まずは直ちに家臣を集めまする」
3日後、四国中にいた長宗我部家の家臣が集まった。
吉良親実、香宗我部親泰、香川親和、佐竹義直、長宗我部親吉ら一門衆を初めとして戸波親武、比江山親興、本山親茂、久武親信・親直、桑名親光・吉成、中島重勝・重房、谷忠澄、非有、蜷川親長、吉田貞重・孝俊、森孝頼、福留親政・儀重、大西頼包らそうそうたるメンツである。
「皆の者、よう聞けい。これより長宗我部の家督は弥三郎に継がせる事になった。皆の者も弥三郎を新たな当主としてしかと支えてやってくれ」
元親がそう言うと一同がざわつく。
「これよりは私が長宗我部家を継ぐことになった。今後は時代も目まぐるしく変わっていくであろう。何卒よろしく頼む」
「ははっ!これよりは若君を殿として身命を賭してお仕え致す!」
暫くの沈黙の後、そう言ったのは齢70となっていた福留親政だ。
それを見て他の重臣達もみなそれに続く。
「新たな長宗我部の門出じゃ!着いて参れ!」
こうして信親は長宗我部家当主となるのだった。