5話
白地城は四国の中心にある。
ここを落とせば阿讃はもちろん伊予にも睨みを利かせられ、戦略上非常に重要な土地であった。
しかし白地城への道は1本の橋のみで大軍を持ってして攻めるのには向かない城であった。
ならば元親がやる事は1つのみ。
城主の大西覚養の兄で金剛福寺の僧となっていた了秀を陣に呼び出した。
「此度はわざわざお呼び立てして申し訳ない」
元親は非常に物腰柔らかに了秀に接した。
「以前より我が寺は長宗我部様よりお布施を頂いておりますれば出向かぬ理由などございませぬ。この陣容を見れば私を呼んだ理由は多方察しが着きますが……」
「さすがは了秀殿、物分りが早い。私は戦が嫌いなのでな、どうか弟殿を説得しては頂けぬでしょうか?」
そう言って元親が軽く頭を下げる。
しかし話はそこまで簡単では無い事も元親は分かっていた。
「お力にはなりたいのは山々ですが弟、覚養は三好阿波守(三好長治)様とは従兄弟の関係に辺り三好家との繋がりが深く……」
「いや、そこなのだ。最近阿波守は河内におりながら阿波全土の民へ法華宗への改宗を命じ守護の細川殿とも対立していると聞く。仮に国衆が細川殿に流れた場合、大西家がどうなるかは想像のつくところであろう」
三好長治は三好長慶の甥に辺り三好義継の跡を継いで三好家の頭領となっている。
だが長慶はもちろん、義継のように武士としての誇りの欠けらも無い愚人であり、了秀とてそれは理解していた。
「しかし三好の勢力は大きい。讃岐は香川が謀反を起こしたとはいえ未だ三好の支配下にありますぞ。その気になれば畿内の三好勢も……」
「面白いことを仰られる。讃岐は毛利の後ろ盾を得た香川が周辺の豪族を纏めて三好に抵抗しており畿内の軍勢は織田への牽制で動かせない。一族の三好笑岩も織田に従ったとか。今の三好が動かせる軍勢はせいぜい阿波の三千。その内、南部は既に我が弟の安芸守(親泰)が支配しております。対してこちらは常に五千の兵を動かせますぞ」
これこそ長宗我部の強みである。
普通の戦国大名は戦が起きれば農民達から兵を募り戦をする。
だが長宗我部の場合、一領具足という軍役制度で戦になれば即座に一領の具足をつけて農民達を動員することが出来た。
兵農分離とは真逆をいくこの制度によって元親は四国では常に相手の数倍の兵力を持って戦に望んでいた。
「なるほど……」
「付け加えると長宗我部は阿讃の切取りを織田内府様より認められておる。来年には土佐守に推挙して頂くとのお約束も頂いた」
「なんと!!」
元親の言葉に了秀は驚いた。
それまで土佐の一条家を補佐する家臣でしかないと思われていた長宗我部氏が正式に土佐の支配者、しかも今後勢力が崩れる事もなさそうな織田信長から許可を得ているのだ。
押される了秀に元親は追い打ちをかける。
「近いうちに織田家は畿内を平定される。さすれば織田軍は2万とも3万とも言われる大軍勢を送り込んでこられるでしょうな。さすれば三好に与する勢力はどうなるかなど貴殿もよく分かるでしょう」
もちろん信長が四国に攻め込んでくるのは嘘である。
しかし元親が信長と手を組んだということはそれすら可能性は大いに有り得た。
「……承知致しました。覚養の説得は拙僧にお任せくだされ」
「おお、よくぞ申された。覚養殿には悪いようにはせぬとお伝えくだされ」
元親の求めに応じた了秀は白地城に入ると覚養を説得。
状況を理解した覚養は弟の上野介頼包を人質として差し出し元親に降伏した。