2話
「久太郎、口を慎め」
突如入った横槍に柴田勝家が声を荒らげる。
「柴田殿は黙っていてください。先程からこの御方の話している事を聞いておりますがわざわざ1字拝領のために一国の次期当主がここまで頭を下げる理由が分かりませぬ。正直に答えられませ」
信長の脇に控える久太郎と呼ばれていた美青年。
側近の堀久太郎秀政である。
「や、弥三郎殿……。私はただ御礼を申し上げたいとしか聞いておりませぬぞ」
困った顔で明智光秀が信親に耳打ちする。
堀ら側近からすれば明智、柴田のような年寄りは邪魔な存在であり何かあれば直ぐに蹴落とそうと企んでいる。
光秀もそれを察知しておりここで付け込まれれば今後の出世に大きく影響する。
「いやぁ……明智様には黙っておりましたが、我が父の事で右大将様にお願いしたき儀が御座います」
「ほれ見た事か。明智殿に内密にしておきたい事とは一体なんでござろうな」
皮肉っぽく言う側近は堀秀政より少し落ち着きがある菅谷長頼。
側近筆頭格で北陸方面の行政を一手に担う男である。
「まあまあ落ち着かれよ。長宗我部殿は一体何をお望みかな?」
そうニコニコしながら言う若い男は織田信忠。
信長の嫡男だ。
「勝手に話を進めるな奇妙(信忠)。まあ良い、申してみよ」
少なくとも平時においては信忠は理性的な青年だ。
戦場でこそ信長以上に苛烈だがそういうところが家臣を引き付けるのだろう。
「ははっ。父は昨年、一条兼定殿を追放し実質的に土佐の主となりました。しかし今のところは一条の世継ぎの補佐という形になっており、官位も無位無官のまま。これでは阿讃の豪族共は着いてきませぬ。どうか父上がそれ相応の官位に着けるように朝廷に口添えしていただけぬでしょうか?」
それを聞いて一同が凍りつく。
「小僧……流石に無礼にも程がある!いきなり御館様に父親の任官の口添えをしろだと!?出直して参れィッッ!」
やかましい声で柴田勝家が喚き散らす。
親泰ら長宗我部の家臣は今にも気を失いそうだ。
「しっ、柴田殿……どうか私に免じてお許しくだされ。ほれ、弥三郎殿も」
そう言って光秀が必死に頭を下げる。
信親も少し状況の不味さを察した。
「中々面白いことを申される。確かにいずれは四国を切り盛りされる大名が無位無官では困りますなぁ。のう久太郎」
そう言って信忠が笑いながら堀秀政に話を振る。堀秀政の方は勝家らと違って別にどうでも良いと言った感じで頷く。
「何か見返りがあるのでしょうな」
流石は名人久太郎、よくぞ見抜いた。
そう心の中で信親はつぶやき、ニヤリと笑う。
「如何にも。右大将様は甘い物がお好きと聞き及んでおります故に、砂糖を3,000斤(1800キロ)の他に木材や土佐の名産品を用意致しました」
流石に信親1人でこれらの品々は用意出来ない。元親や家臣に相談して堺の商人の力を借りて用意したのだ。
「フン、小僧の割に面白いことをするのう。良かろう、官位くらいならワシが公家共に頼んでおいてやる。土佐守か……確か宮内少輔は自称であったな?」
信長も別に気にしてないのかあっさりと承諾した。
三職推認や右大臣辞職から信長はよく、古い権威を無用としていたと言われる。
しかし、実際のところは官位に対しては殆ど理解していなかった可能性がある。
むしろ、尾張の守護代の家臣の家計で官位に完全に理解している方が可笑しいでは無いか。
信親はそこをついた。
しかし足利家に仕えていた過去のある光秀に相談するとややこしい事になる事など考えずとも分かる。
だから光秀には申し訳ないが信親は彼に相談しなかった。
「格別のご配慮、恐悦至極に御座います。何卒、よろしくお願い致します」
そう言って平伏する。
親泰達も力が抜けたようにそれに続く。
「任官が決まれば宮内少輔殿も上洛されよ。その折にそなたの元服もしようではないか。それで良いな、十兵衛」
「ははっ。宮内少輔殿に変わり御礼申し上げまする」
光秀も平伏する。
どうも丸く収まったようだ。
「では弥三郎殿、達者でな。次は京で会おう」
そう言うと信長は南蛮製のマントを振りながら退席し側近たちもそれに続く。
こうして第2回織田家と長宗我部家による会談は終了した。
この後、信親達は光秀にこっぴどく叱られ献上品を引き渡すと堺の今井宗久の屋敷で一泊してから土佐に戻ったのだった。