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シン 長宗我部転生記   作者: 三p
維新の章
63/199

19話

今日も今日とて参議(長官達)が集まり議論が行われていた。

と言うのも朝鮮をどうするべきかを話し合っていたのだ。

積極的に朝鮮を叩くべきと主張したのは佐々成政である。


「今こそ南蛮共に我らの威光を見せつける時じゃ!朝鮮を滅ぼし、明も一気に征服してくれようぞ!」


成政としては亡き信長の意志を継ぎたいという思いもあったのだろう。

しかしその信長の子の信雄も西国勢もこれには乗らなかった。

唯一成政が事前に説得していた北条氏政のみが朝鮮攻めに同意した。


「これで決まったようだ。朝鮮攻めはナシだ。お二人共それでよろしいな?」


もはや事前に決まっていた事かのようにニヤニヤしながら信親が言う。


「おっ、おのれえ!もはやこのような所に居れるか!ワシは越中へ帰るぞ!」


「ワシもじゃ!以前より思うておったが合議制と言いながら毛利、長宗我部、島津、細川の独裁ではないか!もうやってられぬ!」


と2人とも出ていってしまった。


「こりゃあ不味いことになりましたな。徳川様と組んで大戦になるかも」


伊達政宗が言うと一同が頷く。


「こりゃ統制をより強化する必要がありますな」


そう言って信親が設立したのは諜報機関であった。

雑賀衆の雑賀孫市を長として甲賀、伊賀、雑賀、根来を纏め北条、佐々領に潜伏させた。

更に両者の領土以外の各地にて言論の自由や通行の自由などを容認しそれをうらやまがった北条、佐々の領民たちはゾロゾロと新政府側の領地へと移住し始めた。


そして事件が起きたのは1586年。

自身の領民を勝手に奪ったとして佐々成政が三万を率いて前田領能登へと侵攻を開始したのだった。

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