41話
この頃になると大方の大名は江戸に参勤するようになっていた。
先年、従三位中納言の官位と松平の姓を与えられ、湾岸地域に屋敷を構えていた信親は久しぶりに友人を呼んでいた。
「はっはっはっ。昔よりは可愛くなったか?」
「お戯れを。信親兄上は冗談がお上手ですな」
そう言うのは今や次期将軍である徳川家光の乳母のお福。
斎藤利三の娘で信親の従妹であり本能寺の変の後は土佐に引き取られていた。
「いやいや、本当に大人になってってか今幾つだっけ?」
「もう41にございます。兄上とて54でしょう?」
「うむ、そう考えたらおれも歳をとった。それより幕府は今はどうだ?」
「はっ、そろそろ本多正純殿は危ういでしょう。土井利勝殿や酒井忠世殿との対立が深まっております。それからもう1人……」
「ああ、聞きたくない。柳生宗矩だな」
「ええ、但馬守殿は今や家光公の信頼厚く……」
「ああ、そうだ。なら家光公にお会いしたい。せっかくだし家親も連れて行こう。上様に取り合っておいてくれ」
それだけ言うと信親は魚を焼き始めた。
「まあ上様はことの他兄上の事をお気に入りですし……しかし……」
「父を見殺しにし、本当に愛していた男との婚姻を認めずにその男を家から追い出した俺が憎いか?」
「いっ、いえ……そのような……」
「良いか?右衛門は自ら望んであの最後を迎えたのだ。それを外野がとやかく言うのは福であろうと俺が許さぬ」
「はっ……出過ぎた真似を致しました。とにかく話をつけて参ります」
やはり福が動くとなれば話は早かった。
信親は家親を連れて江戸城の大広間に入った。
「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に奉ります」
信親父子は平伏する。
「苦しゅうない、面を上げられよ」
信親は顔を上げると目を疑った。
家光は将軍に相応しい程の風貌などあらずまるで醜い顔でこりゃ女に相手にされなさそうなのである。
(どこが麗しきご尊顔だ!)
そう思いながら信親は家臣に1品を持ってこさせた。
「土佐にて手に入った鰹など海の幸にございます。上様にお納め致します」
「おお、忝ない。ところで中納言殿は福と幼少期は共に育ったそうだな。どのような女子であった?」
「はっ、はあ。それはもう男勝りでワシの弟の右近太夫などはよう泣かされておりました。とはいえワシの父上は鬼のようなお方でして、いつも父上が睨みつけると福は大人しくなるのです」
「はっはっはっ。福よりも恐ろしいお方がおるとは是非お会いしてみたいものよのう。そのお方と伊達の爺ではどちらが恐ろしい?」
恐らく信親の人生で1番難しい質問である。
現代でも度々議論になる伊達政宗か長宗我部元親どっちが凄いか問題である。
政宗マンセーの家光の前で言うのも申し訳ないが、戦国時代の人間としては元親の方が評価が高かった。
「そりゃあ戦の時は我が父ほど恐ろしい将は中々おりませぬ。しかし戦国の世が終わったとなれば伊達殿の方が恐ろしいでしょう」
我ながらベストな回答である。
しかし家光は不快そうだ。
「伊達の爺は権現様の次に爺が優れた将と申しておったぞ。どういうことじゃ?」
「ははは、権現様は間違いなく天下一のお方ですが伊達殿が生まれるずっと前には北条氏康、武田信玄、上杉謙信、今川義元、三好長慶、毛利元就、島津義久……そして織田信長や豊臣秀吉など戦国の英雄達が数多いたのです」
「ほぉ、爺より優れた将がなぁ。気に入った。そなたの子を暫し江戸に置いてくれ」
「まっ、誠ですか……!」
信親としても願ったり叶ったりな命令である。
うっとしい家親を江戸に置きついでに嫁も置いとけば土佐や京で浮気し放題で千王丸の養育にも励める。
「是非とも、不出来な息子ですがお使いくだされ」
「お役目、承りました」
こうして邪魔者を追いやることにした信親は後のことを福に任せ自分はルンルンと京に登った後、祇園で遊びまくるのだった。