37話
歴史小説史上最もしょぼい大坂夏の陣が始まります。
信親は豊臣家再度謀反の報せを受けると直ぐに二万の軍勢を率いて播磨より上洛した。
今回の幕府軍は河内、紀伊、大和の3方向からの攻撃となり信親は親しくしている井伊直孝と藤堂高虎が先鋒とされた河内方面軍の2陣を任せられた。
このメンツを見た時点で信親は覚悟していた。
そう、自分たちを待ち構えているのは盛親なのだ……。
が、しかしやはり信親に出番は無かった。
史実通りに事が進みそこで討死した長宗我部の家臣が皆生存したくらいで大方の流れは同じだった。
「どうやら叔父上は逃げられたようですな」
と、辺り一面に転げ落ちた死体を眺めながら井伊直孝が言う。
「うーむ、しかしそなたと藤堂殿の損害も恐ろしいものだ。明日からの先鋒は俺がやるのでお前達は後ろで大人しくしておけ」
「しかしまだまだ功績が足りませぬ!」
「あのなぁ、もう武功は上げなくていいんだ。これからは政の時代。下手に死に急ぐ必要はねえさ」
「くっ……」
この優しいおじさんみたいな事をしたのが信親の運の尽きであった。
翌日、信親は岡山近くの河内方面軍の先鋒として大坂城の眼前に陣を敷いていた。
「あーあ、確か突撃してくるのは大野治房だったかねぇ。どうだろうねぇ」
と鼻をほじりながら信親は朝飯を食っていた。
すると西の方から銃声が聞こえてきた。
恐らく天王寺口で戦が始まったのであろう。
「殿、戦が始まりましたな」
「そうだな、政重。それよりお前も茶漬けを食え。今日の茶漬けは宇治丸入りだぞ?」
「幕府から贅沢するなと言われておるのに……。先鋒の右近太夫様が動くべきか聞いておられますが?」
「アホぬかせ。動く必要は無い。じっと待て」
そう呑気に飯を食っていた信親だったが30分ほどすると北の方からも銃声が聞こえてきた。
「始まったか!全軍鶴翼の陣にて迎え撃て!」
と、包囲殲滅しようとしたが何故か抜かれた。
「なぜ、なぜ抜かれた!?」
「申し上げます!先鋒の右近太夫様の軍勢、大崩!敵はこのままこちらに迫っております!」
「おめえバカ言うんじゃねえよ。どう考えてもこっちが有利じゃねえか」
と乱暴がちょっと怒る。
「誠にございまッッ!ぐぁぁぁっ!」
と伝令が血を吐き出し崩れ落ちた。
「乱暴!大筒だ!早く持ってこい!」
「Sir,Yes, sir!」
乱暴が去り、慌てふためく家臣達の奥に立つものが信親の目に入った。
その男は正しく、赤備えに六文銭を靡かせている。
「あ奴がなぜここにおる!まさか……まさかっ!!」
そう、彼こそは真田左衛門佐信繁。
先の道明寺の戦いでは水野勝成、伊達政宗の軍勢を叩きのめし、冬の陣では前田利常、井伊直孝を敗走さしめた男である。
「これはふざけておる場合ではない!全軍、死ぬ気で真田を止めよ!」
自身も倭刀を手に取り信親は騎馬に跨った。
ここで死ぬわけにはいかない。
今まで必死に歴史に影響を与えずに長宗我部を存続させることだけを考えていた。
しかしここで自分が討死すれば全て終わりだ。
「全軍、俺を死ぬ気で守れ!俺もお前たちを死ぬ気で守る!」
信親がそう言うと黒母衣衆と一領具足の精鋭たちが信親の周りを固める。
「申し上げます、第二陣の康豊様も敗走!福留様と津野様もまもなく崩壊しこちらに突っ込んで参ります!」
「おうよ!土佐のいごっそう共!気合い入れろやァァァッ!」
その場にいた全員が声を上げ迎撃体制を取る。
まさに中世代の三角竜のような鉄壁の体制であった。
「やあやあ、我こそは真田左衛門佐信繁!関東の武者に男は1人も居らぬのかっ!」
間もなく現れた信繁はその受けの姿勢を見て挑発する。
「関東の武者とはそちらの事か!我ら四国勢の護り、そなたには破れまい!」
「矛と盾では話にならぬ!では貴殿の倭刀と私の十文字槍のどちらが優れておるか決めようではないか!」
と、威勢よく言ってしまったせいでまさかの打診にどうしようかと吉田政重に信親は目を向けた。
(俺、ほんとにやるの?)
(そりゃあんな威勢の良い事言ったらそうなりますよ。何かあったら乱暴に撃たせます)
(そんなの俺も死ぬよバカ!)
と仕方なく信親が前に出る。
「いざ尋常に勝負!」
と直ぐに信繁が突きを繰り出す。
この頃武芸をサボりがちではあるがやはり織田信長が一目置いたほどの男である。
信親はそれを鞘で防ぐと信繁の兜に倭刀を振り下ろした。
信繁も寸前のところで交したものの前立ての鹿の角の片方が吹き飛んだ。
「まだまだ!」
と、信繁が斬り掛かるがやはり信親は大して苦労もせずこれを跳ね返した。
「俺強ええぞ!お前ら騒げや!」
「おおおおお!!!」
信親が兵士たちを鼓舞し彼らは信親に声援を送る。
もはや武士道など何処ぞへと消えてしまった。
「おのれ、武士の風下にも置けぬ!覚悟!」
と信繁は素早い攻撃を繰り出すがその度に信親は鞘でそれを跳ね返した。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァ!」
信親は左手に持った鞘で信繁の体中を殴りまくり信繁がよろめいたところで彼の胸に刀を突き刺した。
「日本一の兵の座は俺の物だな」
信親はそう言うと刀を引き抜く。
それと同時に主を失った信繁の骸が馬から落ちる。
「と、殿!!」
「命惜しい野郎は消えろ。命までは取らん」
こうして真田軍は散り散りとなった。
さて天王寺口の毛利勝永は破竹の勢いで家康本陣まで迫ったものの徳川義利に阻まれついに戦場の藻屑となった。
かくして大坂夏の陣は幕府軍の完勝で幕を閉じつつあった。
そんな中、信親の陣に直孝がやってきた。