36話
その日、大坂城の広間には豊臣家の重臣が勢ぞろいし中央には長宗我部盛親と毛利勝永が座っていた。
そして彼らの主たる豊臣秀頼とその母である淀殿が広間に入ると皆が頭を下げた。
「面を上げよ」
秀頼がそう言うと皆が顔を上げる。
いつになく緊張が走る中、勝永が地図を広げ盛親が話し始めた。
「恐れながら、四国への転封の儀について3カ国についての説明を致したいと思います」
「うむ、苦しゅうない。して石高は如何程じゃ?」
「ははっ。阿波18万石、讃岐17万石、淡路5万石の併せて40万石にございます」
それを聞くと諸将がざわめいた。
「よっ、40万石では今よりも15万石も減るではござらぬか!それでは豊臣譜代の福島正則や加藤忠広より下でござるぞ!」
そう渡辺糺が非難すると七手組も頷く。
「されど阿讃両国はかつて室町幕府で権威を奮った三好家の本拠地であり大坂とも近く、まだまだ伸び代は見込めまする。我が父も海部を使い各地との交易を盛んに行っておりました」
「では再起の時がある……そういう事か?」
「はっ。上様にその気がお在りなら我らは何処までもお供致しまする」
「そうか……」
秀頼はそれを聞くとしばらく黙り込んだ。
そしてついに秀頼が立ち上がった。
「母上!秀頼は40万石の大名で構いませぬ!それで家臣や豊臣家が守れるのであれば!」
その言葉に一同がざわめく。
「上様!よくぞご決断なされました!」
大野治長が言う。
「うむ、右衛門も豊前もよう考えてくれた。そなたらも重臣に取り上げようぞ!」
「ははっ!有難き幸せにございます!」
盛親と勝永は深々と頭を下げる。
重臣達も渋々それに従おうとするが底で淀殿が声を上げた。
「これは存外なる物言いを聞く物かな。そなたは卑しくも太閤殿下の忘れ形見なるぞ!!家康は殿下の家臣では無いか、何故殿下の長子たるそなたが頭を下げねばならぬ!?」
「お方様!」
現実の見えていない淀殿に盛親が声を荒らげようとした。
「断じて頭を下げてはならぬ、豊臣は徳川の家臣では無いッ!!それにそこに居る長宗我部の兄は幕府の人間!信用ならぬわっ!」
「それこそ存外なる物言いにござる!右衛門殿は殿下がお認めになられた将なれば信ずるに値するお方ですぞ!」
淀殿のあまりに無礼な言葉に大野治長が立ち上がる。
「兄上ッ!40万石では5万もの浪人を養うことは出来ませぬ!もはや選ぶ道は1つしかございませぬ!」
「左様!治房殿の仰せの通りにござる!」
治長の弟の大野治房が言ったの同時に真田信繁ら浪人衆が広間に入ってきた。
「左衛門佐!よく考えよ!今更戦をしても勝てぬのは目に見えておる!砦は全て壊され堀は全て埋められた!それでも戦えるのか!」
勝永が反論する。
「堀はまた掘れば良い!砦はまた作れば良い!我らが意地を見せつけ豊臣恩顧の大名を動かすのじゃ!」
「そうじゃ、そうじゃ!」
信繁のその一言で一気に城内は戦の空気となってしまった。
その日の夜、盛親は義弟の増田盛次と酒を飲んでいた。
「おのれ!やはり兄上の言っていた通りあれは女狐じゃ!わしの見たところによれば左衛門佐と女狐は出来ておる!」
「まさか……しかしこうなった以上はやるしかありませぬな」
「うむ、こうなれば我が名を天下に知らしめてやろうぞ!」
こうして大坂夏の陣が始まろうとしていた。