26話
徳川軍が箱根に入った頃、後続の黒田長政が忠吉と信親の元を訪れた。
「内府殿よりのご命令にござる。福島正則、浅野幸長、加藤嘉明ら豊臣家奉公の大名未だ信用出来ず。忠吉公は病として江戸にお戻りあれ」
「なっ!しかし私の初陣が!」
戦を楽しみにしていた忠吉からしたら意味の分からない話である。
そもそもこの時点で福島正則1人が寝返ろうがそれこそ彼と仲の悪い池田輝政辺りに粉砕されるはずである。
「忠吉殿、ここは内府殿のご命令に素直に従うべきじゃ」
信親が忠告すると井伊直政と本多忠勝も頷く。
「御三方が仰せなら仕方あるまい……。直ちに江戸に戻ろう。軍の指揮は長宗我部の義兄上にお任せ致します」
「心得た。福島の監視は任せておけ」
という事で実質的に総大将となった信親はその旨を福島正則らに伝えるとそのまま清洲城へと向かい、8月5日には清洲城へと到着した。
「おお、此処が清洲会議が行われた清洲城か!」
と歓喜する信親。
「いやぁ、懐かしいでござるなぁ。その頃は殿下と我らはまだ対等でしたからなぁ」
と笑いながら言う池田輝政。
そりゃあ織田家宿老の池田家の人間だから当たり前なのだが福島正則は露骨に嫌そうな顔をしている。
そもそも清洲城は現在は福島正則の居城であり通常五千人程度の動員力しかない正則が東軍五万の食事や寝所を用意するのはかなりの負担だった。
更に水と油のような関係の池田輝政にそのように馴れ馴れしいことを言われ正則が腹を立たせないわけが無い。
信親もそれを察してさっさと出陣しえてなぁと思っていたのだが一週間以上経っても松平忠吉も家康の使者も訪れずただ、清須に居座る形となっていた。
「しかし何故、内府殿は出陣命令を出さぬ?」
信親は脇に控える本多忠勝、井伊直政、池田輝政にそれぞれ酒を注ぎながら聞く。
「やはり福島が信用ならぬのであろう。あの男は単純でくだらぬ男ですからのう」
と吐き捨てるように池田輝政。
「なんじゃとッ!今なんと申したか!」
とタイミング悪く福島正則が来てしまった。
「下手の考え休むに似たり!そうであろうッ!」
「なんと無礼を申すな!」
「ふん!松平忠吉殿を仮病で江戸に呼び戻し我らを見殺しにする気か!?どうなのだ本多ッ!井伊ッ!」
「ご無体な!左様な事はございませぬ!」
とキレる正則に必死に弁明する忠勝と直政。
信親はと言うと酒が回ってきて大きな声が出せなかった。
「このままでは敵に転ぶ者も出てこよう!それで良いのか!?」
「転びたければ転ぶが良いわ!」
またも輝政が正則を煽る。
「タダ飯を食わせて人の褌で相撲を取ってお主は楽で良いのう。食わせる方の気持ちにもなってみろ」
「なっ……それが内府殿への物言いか!」
そう言って輝政が刀に手をかける。
ここでやっとヤバいと思った信親が立ち上がろうとするがひっくり返ってしまった。
「池田様ッ!暫く、暫く!」
「はっはっはっ。大名の子のくせに短気であるのう。だが覚えておけ、腹を立たているのは皆同じであるぞ!」
そう言いながら正則は警護の兵に囲まれて出ていってしまった。
悔しそうにする輝政とそれを必死に抑える直政と忠勝。
こうして足並みが乱れる(信親の場合本当に)中で家康の使者が清洲に到着した。