21話
結局徳川家康と前田利家の対立は武力衝突直前で治まり信親は土佐に戻ることになった。
しかし一応東軍に味方したい信親にとって香川親和とその一味は不安要素となっていた。
「でもあの一味の中に加わるのはなんとも言えない気持ちになるんだよな。親茂もそう思うだろ?」
高知城の天守閣にて信親は鰹のたたきを頬張りながら愚痴る。
「確かに毛利も島津も佐竹もいないのは……。50万石級の大名は伊達殿くらいでしたしのう……」
「そうだ。しかも大老も奉行も徳川殿と浅野弾正だけだ。しかも半分くらいは石田三成憎しで集まっている烏合の衆だ。勝てる予感がしない」
(実際はその三成憎しのおかげで勝てたのだが)
「前田大納言を暗殺……。いや我らがする事も無いですな」
「どうせ徳川の服部半蔵辺りがやってるさ。それよりこれを見てくれ」
そう言って信親は地図を取り出す。
「仮に天下が荒れた時の四国統一の順序だ。まずは香川旧臣を煽り讃岐で一揆を煽る。生駒の動きを封じたところで俺が七千を率いて阿波を一気に攻め落とす。その後その兵力で讃岐も抑えこれで3カ国だ」
「伊予はどうするのです。藤堂高虎、加藤嘉明どちらも名うての将であられますぞ」
「どちらも俺の与力だし従うだろう。その後は全軍を率いて大阪へ」
「それで内府と連携してという算段ですか?どうせ無理ですよ。また裏切られて終わるオチです」
「ええー、そうかなー?」
とくだらないやり取りはさておき、翌年の3月に前田利家が死去した。
ここで普通なら七将襲撃の事が書かれるが長宗我部家ではそれ以上に大問題が起きた。
元親が倒れたのである。
土佐に大した医者は居ないので直ぐに元親を連れて信親は上洛し京の名医を呼んだ。
しかし快方には至らず信親は元親に呼び出された。
父の衰えた姿を見て信親の瞳からは今にも涙が溢れそうになっていた。
「そのような顔をするな弥三郎。男が泣いてはいかんぞ?」
「しっ、しかし……父上ッッッッ!」
「今だから言えるが……信長公を殺すように差し向けたのはお前だな?」
「そっ、それは……っ。お見通しでしたか」
「ふん、斎藤の義兄上と頻繁にやりとりしていたことくらい分かっておる。これからはどうするつもりじゃ?」
「無論……内府と共に天下を!」
「内府が誠に信用出来るのか?それにお主は殿下に可愛がってもらっていただろう?それで本当に良いのか?」
「俺は……俺は父上の夢を砕いた秀吉を許すことは出来ませぬ!」
「ふっ……ワシは死にゆく身じゃ。お主が好きなようにすれば良い。ただし家康を決して信頼してはならぬ。奴はこちらが隙を見せればすぐにつけ込んでくるぞ。奴に狙われる前にお主に反抗する者は全て押さえ付けよ。例えそれが弟や重臣であってもな」
「ははっ!必ずや……必ずや四国……いやっ天下を!!」
「天下か……生きたいように生きてきたが天下だけは手に入らなかったのう……。信長公も十兵衛も……かの三好長慶公も……。しかしあの方々と違いお主はまだ若い!必ずや、必ずや夢を成し遂げよ!良いなっ!?」
「ははっ!」
「さらばじゃ、愛しい愛しい弥三郎よ」
元親は精一杯の力で信親の頬を撫でた。
そしてその腕は静かに落ちていった。
こうしてまた1人、戦国の英雄が世を去った。