130話
茶臼山の信親と親茂は不振なものを見た。
攻撃されているはずの谷町と松屋町の城門が開いたのだ。
「伊達勢が突破したのか?」
「いや……そのような報告は……っ!?」
と、突然谷町口から六文銭の旗印に真っ赤に甲冑を染めた一隊が最上勢に突撃してきた。
「なぜ真田が!?連中は真田丸に居るはずだろう!」
「移動したのやもしれませぬ。しかし伊達勢だけではなく桑名殿も……!」
と2人が見たのは桑名勢に襲いかかる木村重成の軍勢であった。
「まずい……。連中は突っ込んでくる気だ」
「すっ……すぐに他の部隊を防衛に回させまする!」
「いや……どこの部隊も城門の攻撃に夢中になっておる。ワシを守るのはまだ20にもならぬ親恒(四男)・親信(五男)・親胤(六男)と旗本のみ……。面白い!」
「大御所様……いや若君……」
既に50歳と老人であるはずの信親から親茂は30年前の自分が支えた若き猛将の面影を感じた。
いや……この老人は正しく長宗我部弥三郎と呼ばれていた頃の信親そのものであった。
「ははははは!かかってこい、俺は正々堂々立ち向かってやる!俺の首を取ってみよ!!」
信親が吠える。
その声は遠く大坂城から出撃しようとしていた堀秀政の耳にも確かに届いていた。
「弥三郎……お前を上様に近づけねばこの様な事にはならなかった……。乱世の化け物を生んだ責任……ここで取らせて貰うぞ」
真田・佐竹・木村の軍勢をくぐり抜け堀秀政率いる五千の軍勢が大坂城を飛び出す。
桑名勢や伊達勢は一部を割いて真田勢を止めようとしたがあっさりと突破される。
「さあ、来い!もっと突き進め!俺を倒してみろ!」
茶臼山で幕府の兵士たちが忙しく動き回る中で大声で秀政を呼び寄せる信親。
親茂も覚悟を決めそれを静かに眺めている。
「父上!ここは危険です、お逃げくだされ!」
この状況を見兼ねた親恒が信親を撤退させようとするが親茂は引き止める。
「乱世は……大御所様と堀秀政の一騎打ちで終わる。その場をよく見ておけ」
「本山殿……しかしそれでは!」
「既に上様にはお主らが居る。もう大御所様の周りには誰も居らぬのじゃ……」
親茂の声色から察した親恒は引き下がる。
どんどんと堀勢が近づいてくる。信親は床机に腰を下ろし秀政を待ち構える。
そして長宗我部軍の防衛体制が崩れ堀秀政の姿が見えた。
「堀秀政……!天下を揺るがす愚か者よ!うぬの全て、この長宗我部左大臣信親が受け止める!かかって参れぇ!!」
信親が笑みを浮かべながら名乗りをあげる。
「堀前中納言秀政!乱世の最後の怪物を生み出した事、今も後悔しておる!さればこそ、吾が手でお前を殺す!!」
そう言って秀政が馬を走らせる。
信長から与えられた大太刀を片手に信親の首目掛けて振り下ろす。
対する信親は秀吉の遺品として与えられた小太刀でそれを受け止める。
もう棺桶に片足を突っ込んでいるような年齢の秀政の一撃は重く……そして強力だった。
「最期にお前と戦えて良かったよ……弥三郎」
「まだだ……俺を殺してみろ!久太郎!!」
信親が怒鳴るが戦いの終わりを知らせるような銃声が響く。
信親の額に赤い血が落ちる。
「やるじゃねえか……お前の倅」
秀政が崩れ落ちるのと同時に信親が振り向く。
背後には片喰紋が並び、金色の甲冑を纏った長宗我部秀親が堂々と馬に跨っていた。
「父上!ご無事にございますか!」
「ははっ。どうやらもう幕府は大丈夫だな」
そう言うと信親は立派な息子の姿を見ながら崩れ落ちた。
その日の夜、豊臣秀頼と淀殿・大野治長らは自害して果てた。
万姫は救出され、浪人衆達も尽く討ち果てた。
長宗我部元親の初陣から早55年。
元親・信親によって行われた天下統一事業は3代目・長宗我部秀親によって遂に完成されたのだった。
次回、最終回。




