127話
茶々は諸大名に檄を飛ばしたものの、これに応じた者は誰もおらず大坂の主力となったのは浪人衆であった。
「大坂に入ったもので名のあるものは堀秀政、真田信繁、佐竹義宣、明石全登……あとは大谷良治、塙団右衛門、横山長知、石川康勝、仙石秀範、御宿勘兵衛、藤堂高刑……。癖はありますが所詮は浪人共です」
そう笑いながら言うのは片岡民部親光。
信親側近で山城に三万石を得ている。
「メンツからして堀秀政が実質的な総大将ですな。まさかこのような事になるとは……」
福留政親が無念そうに言う。
ここ数年で長宗我部家臣団は一気に世代交代が進んだ。
久武親信、福留儀重は世を去り残っている老中は本山親茂だけである。
その親茂とて御歳70。
もう棺桶に片足を突っ込んでいるような状態であった。
「昔からいけ好かぬ男でしたからなぁ。で、幕府軍の陣立は?」
無言の信親を横目に親茂が軍奉行の野中親孝に聞く。
「はっ。まずは北西の高槻街道から筑前中納言様が斎村政広・木下重賢・鍋島勝茂・熊谷直盛ら九州勢を率いて布陣。北東の京街道からは片桐且元を先鋒に若狭少将(右近大夫)様が吉田康俊・長谷川秀成・堀親俊・丹羽長重を率いて布陣。今福村には上杉景勝を配しまする。次に平野川を挟んで大坂東部には会津中納言様が立花宗茂・小早川秀包・丹羽長重を率いて着陣。八尾道には吉田政重を置きます。大阪西部からは上様が本山内記・毛利秀就・南条元忠・宮部長房・島津親久らを率いて着陣。最後に大坂南側には岡山に尾張中納言様、その前方に増田盛次・垣見一直・中島重房・金子親宅・久武秀信・親直、先鋒には長束正家と石田重家。茶臼山には大御所様が着陣し桑名吉成・親光・伊達政宗・最上親義……そして我らが御所様をお守り致します」
「完璧な布陣じゃ。豊臣家もあっという間に降伏するであろう」
感嘆の声を漏らす親茂に対して信親の空気は重い。
「いや……初には悪いが豊臣は滅ぼす必要がある。乱世の火種は全て駆逐する。良いな!?」
「ははっ!」
こうして大坂城を包囲するために集まった軍勢は30万に達した。
さらに信親はカルバリン砲をイギリスとオランダから更に輸入。
砲撃による大坂城そもそもの破壊を目論んだがそこに秀親が飛び込んできた。
「父上!大筒を天守に撃つのはおやめくだされ!中にはお万(秀親娘・秀頼正妻)もおるのです!」
「知ったことか。片桐且元と共に城から出るなどやりようはあったはず。城に残ったのは秀頼に殉ずる気があるからよ」
「そのような事があるまい!親茂、攻撃をやめさせよ!」
秀親にそう言われた本山親茂だが顔は暗い。
「大御所様は先の宇喜多との戦で御自身の孫すらも処されました。ご息女になんと言われようと処断を徹底したのは貴方様の為にございますぞ」
「お前もダメか!河野の叔父上!何卒お願い致しまする」
「ふむ……確かに上様の為に禍根となるものを根絶やしにし諸大名に見せつけるのも良いでしょう。されど上様と大御所様が対立してしまえばわ何の意味もありませぬぞ」
昔は信親に大声で噛み付いてきた親通も40歳。
数多の修羅場を乗り越え物事を俯瞰した視点で見れるようになっていた。
「上様が豊臣を降伏させられるなら大御所様が出る必要もありますまい。親高からも大筒による攻撃、お待ち頂くようにお願い申し上げる」
次男の黒田親高にまで言われると信親も考えを曲げざるを得ない。
「分かった。ひと月の内に豊臣家を降伏させてみよ。それが出来ねば大筒を撃ち込む」
「ははっ!お任せくだされ!」
信親からの言葉を聞き足取り軽く秀親は信親の陣を出ていった。
そして本陣には信親と親茂のみが残る。
「修羅の道とは辛いものよ。時に息子からも恨まれねばならぬ」
「ふむ、大御所様は上様には大坂は落とせぬとお考えで?」
「ああ……あれが落とせるようなら私はもう要らぬ」
信親の脳裏には史実における大坂冬の陣の戦況が浮かんだのだった。




