120話
「ついに来たな……。天下を取る時が……」
眼前に広がる大軍勢を前に信親はぼそりと呟く。
「ワシもここまで殿をお支えしてきた甲斐がございました。織田や豊臣に頭を下げ、無益な戦へと駆り出された殿の心中を思えば……」
齢60を超え白髪が髪の大半を占めるようになってきた本山親茂が感嘆の声を漏らす。
「まだ決まっておりませんぞ。宇喜多の軍勢の方が兵は多い。それに松尾山の河野勢とて徳川の乱での禍根がございましょうや」
こちらもすっかり老人になった久武親信が松尾山にひしめく河野の軍旗を見て言う。
「右衛門は血を分けた弟じゃ。それに戦後には大幅な加増を約束しておる。南宮山の毛利勢とて富士川の戦い以降は大人しくなった。秀家は気づかなかったであろうがこの戦は富士川の頃から始まっておるのよ」
「それではそろそろ参りましょうかの。倅が此度は先陣を努めたいといきり立っておりまする」
「うむ、良き心がけ。此度の戦の先駆けは本山勢に任せる」
「有り難きお言葉……。これがワシの最期の戦となりましょう」
「水臭いことを申されるな。まだまだ我らは若君をお支えしていかねばならぬであろう」
「いや、隼人。俺はもう若君の年齢ではないぞ」
福留儀重の冗談に信親は笑いながら指摘する。
「しかし四国の端っこの小さな国衆の家臣から土佐……四国……そして天下……!我々は亡き雪渓(元親)様と殿……いや上様に素晴らしい景色を見せて頂け申した。もはや思い残すことはありますまい」
親信が言うと2人も頷く。
「ふん。俺の方こそお前達がいてくれたからここまで来れた。されどまだ天下は決まったわけではない!必ずやこの戦、勝つぞ!」
「おう!!」
3人は信親の鼓舞に応えると各々の配置に着く。
そして9月の霧が晴れてきた早朝、本山勢から織田秀信の軍勢に向けて銃弾が放たれた。
後に天下分け目の戦いと呼ばれる関ヶ原の戦いの始まりである。
「長宗我部め……。上手くワシを誘い込んだつもりか。されどこちらは向こうよりも兵は多く勢いもある。勝てぬ戦では無い」
交戦を開始した織田勢を見下ろしながら宇喜多秀家は呟く。
「前田・大友らの分断作戦も上手く行きました。あとはこの戦に勝つのみでござる」
唯一本陣に残った中村家正が言う。
「うむ……。私は太閤殿下から格別の寵愛を頂きいずれは天下を任せるとすら言われた。それをどこぞの女狐の生んだ得体の知れぬ小童や土佐の田舎者に任せるつもりはない……。この豊臣秀家こそが天下をまとめるのじゃ!!!」
東西両軍の総大将が天下を目指す中、それぞれ布陣した諸大名たちも己の悲願を達成するために采配を振るう。
そしてその中には河野通親の姿もあった。
「よろしいのですな……。宇喜多秀家から四国を任せると書状も届いておりますが」
久武親直が秀家からの書状を眺めながら聞くが親通は首を横に振る。
「確かに俺も乱世に生まれた以上、四国の主になってみたい。されど兄上を裏切り宇喜多の犬になり下がるようならばこの戦場にて露と消えた方がマシじゃ!」
「ふむ……佐竹勢は2万。なかなか厳しい戦となりそうですな」
「なんだ、今更命を惜しむのか?」
「はっはっはっ。お戯れを……この久武親直、殿の為ならば喜んで地獄への先鋒を担いましょうぞ」
「よし、河野勢進撃開始!!」
親通の号令とともに伊予勢は松尾山を南下し佐竹勢の横腹に突っ込んだ。




