105話
真田軍の奇襲に奮戦した徳川本陣だったが、完全に本体と切り離され阿部正次ら旗本は家康の身代わりとなり戦死。
家康と本多正純は戦場を先に離脱し僅か10騎ほどで近くの寺に潜むことになった。
家康が離脱したという報は真田昌幸により直ぐに戦場中に知れ渡り、更に昌幸は適当な誤報を流しまくったため、松平忠吉は家康が戦死したと思い込み津野勢に突撃し戦死。
毛利勢が襲いかかったことにより本多忠勝と榊原康政も毛利の侍大将を何人か討ち取ったものの飲み込まれた。
そして徳川秀忠は真田信繁の手勢の奇襲を受け壊滅した。
最愛の息子の安否すら分からないまま、家康は寺の住職に差し出された水を喉に注ぎ込んだ。
「瀬名、信康、数正、忠次、元忠……すまぬ…。お主らの思いにワシは答えられなんだ」
家康の脳裏に浮かぶ死んで行った大切な人々の顔。
あの日、家族や家臣達と約束した世は1人の男の存在によって全て破壊された。
「長宗我部……長宗我部さえ居らねばワシは上手くやれたんじゃ!ワシが戦の無い世を作れたんじゃ!」
家康は泣いた。
齢58の家康は子供のように泣きじゃくった。
それが悔しさか、悲しさか、それとも怒りか……。それは誰にも分からなかった。
まもなく怒号が聞こえ足音が家康の居る間に近づく。
「見つけたぞ、徳川内府!豊臣家への謀反を企んだ罪、この場で償うが良いわ!」
紅の甲冑に十文字槍……真田信繁とその配下だった。
「お主らの手にかかるなら自分で死んだ方がマシじゃ!皆すまぬ!」
「まっ、待て!!」
信繁が止めにかかる前に家康は脇差を抜き自身の動脈を切り裂く。
鮮血が舞い、家康は崩れ落ちた。
海道一の弓取りと呼ばれ、今川義元・武田信玄・織田信長・豊臣秀吉と渡り合った名将、徳川家康は自らの手でその生涯を閉じたのであった。
その後の追撃戦で徳川秀忠は捕らえられ、井伊直政・大久保忠隣・黒田長政・藤堂高虎・山内一豊は戦死。家康の側近や旗本は本多正信を初めとしてその殆どが主君に殉じたのだった。




