96話
「このうつけが!功に焦り兵を死なせるとは一国の主としての自覚が足りぬのか!」
浜松西部に着陣した信親は必死に平伏する親通に怒号を飛ばす。
「お主もお主じゃ!何故河野殿をお止めせんかった!!」
親通の後ろで黙り込んでいる島津豊久には島津義弘が怒鳴る。
「長宗我部様、此度の失態は全て豊久の責任にござる。これを自害させる故に何卒ご容赦を……」
「いや、島津殿がそこまで気負いされる事は無い。もう二人共下がれ」
信親が言うと親通はすっかり丸まって出て行き島津豊久は義弘に掴まれて引きづられて行った。
「ふう……功を焦りすぎたようですな……。挽回を目論んで長久手のようにならぬと良ろしいですが」
如水が茶を飲みながら呟く。
「長久手か……。もう16年も前になるのか」
その言葉を聞いた堀秀政の脳裏には16年前、現在と似たような状況に置かれていたことが想起された。
天正12年、織田信雄・徳川家康と対立した羽柴秀吉は尾張犬山に着陣し、羽黒にて徳川軍に敗北し撤退した森長可と合流した池田勝入らの到着を待っていた。
堀秀政、長谷川秀一、丹羽長重、細川忠興らも着座し向かい側には羽柴信吉、浅野長政、戸田勝隆、石田三成らが控えていた。
この時点で秀吉子飼いの将達とほぼ同格の扱いに忠興や長重はイライラしており、殆ど口を開かないので仕方なく秀政が色々と提案したりしていた。
「申し上げます。池田勝入様、森武蔵守様が参られました」
「通せ」
秀吉が命じると加藤清正に案内され池田勝入と森長可が陣に入ってきた。
2人は織田家の重臣なので秀政らは軽く頭を下げるが浅野長政達はそのような気配はない。
「藤吉郎、婿殿の失態許してやってくれ」
そう言って勝入が頭を下げ、長可も続く。
「池田勝入、頭が高い。上様に対してそのような無礼な態度を取るでない」
頭を下げる2人を見下すように浅野長政が言う。
「キサマッ……!」
その尊大な態度を見た長重が浅野に掴みかかろうとするのを秀一が引き止める。
「まあまあ、義兄上は根っこからの武人なのですし仕方の無い事です。ささ、お座りくだされ」
勝入の娘婿の信吉が浅野達を後ろに下がるように促し2人を案内する。
「孫七郎に救われたな。とはいえお主らが味方になってくれた事でワシは助かっとるわ。感謝しとるで。勝入、勝蔵」
「すまぬな藤吉郎。そこでと言ってはなんだが必勝の策を持って参った」
「池田殿……!」
勝入の口ぶりを次は石田三成が止めようとする。
「さっきからうるさいわ!大した提案も出来ぬなら黙っておれ!」
流石に鬱陶しくなった秀政が怒鳴ると三成は直ぐに縮こまる。
「んで、必勝の策というのは?」
「俺から説明する。今徳川勢はほぼ全軍が尾張に出払っており三河の守りは薄い。そこで奇襲部隊を編成し三河を攻めれば徳川軍は小牧を捨てるしかなくなると思うのだが……」
「中入という事か。しかしそう簡単に上手くいくとは思えぬが?」
長可の策に秀一が疑問を投げかける。
「向こうの軍勢はこちらより遥かに少ない。手勢を割く余裕が家康にあるとは思えぬ」
といつの間にか秀吉子飼いの武将を押しのけてやってきた池田元助が言う。
「そういう事だ。どうか勝蔵の汚名返上の為にもこの策に賭けてくれぬだろうか?」
勝入がそう言うが秀吉は無言だった。
こうしてこの日の軍議は終了した。
長久手の戦いで堀秀政が戦線離脱したのは明らかに軍令違反で池田・森勢の壊滅の責任が秀政にあるってのは言われる話ですけど、秀政って実際かなり策略家だったんですかね。
秀吉の次に本能寺の変で得をしたのも秀政ですし実は本能寺の変の黒幕は……




