86話
15年前の事を思い出した長重は一息つき、正吉を呼び戻した。
「後々で聞いた話だがワシが狼狽した後、豊臣家の奉行に対して藤さんや久さんが必死に頭を下げて減封で治めてくれたらしい。もし今回もやらかせば次は七兵衛様にも迷惑をかける事になる」
「やっとお分かりになられましたか。この暗闇の中では戸田も山口も押し返されるに決まっております。ともかく、前田勢を追い払えただけでこちらの勝ちにござる」
「うむ、ワシは二度と同じ過ちは踏まぬ。すまぬな」
こうして丹羽勢は動かなかった。
それとは対照的に突撃した戸田勢は奥村永福の猛反撃を受け壊滅、戸田勝成も負傷するなど大損害を蒙った。
もっと酷いのは山口勢で山口宗永が流れ弾により戦死し軍勢も千二百居たのが五百程度まで減っていた。
朝になると浅井畷周辺には夥しい数の遺体が転がっていた。
「ふん!功を焦ったか!」
北陸方面軍の本陣に呼び出され平伏する戸田勝成と山口宗永嫡子の修広に織田秀雄が吐き捨てるように言う。
「相手に踊らせられたな。向こうは少数の軍勢である手前らに敢えて撤退の噂を流し追撃するように仕向けたのだ」
信重が呆れたように呟く。
「大津宰相様、与力の不手際は私の責任にございます。どうかこの形部めを処罰してくだされ」
「今更責任を問うても意味は無い。それよりも能登侍従が勝手に撤退した事に目をつけましょう。上手く扱えば利長を挟み撃ちに出来るやもしれませぬ」
長重が言うと信重も頷く。
「このまま我らは前田勢を追って金沢を目指す。以降勝手な真似はやめて貰おうか」
信長のような低いトーンで信重が言うと諸将もそれに応えるのだった。




