85話
天正13年、丹羽長重は越中の佐々成政討伐後に本領の北ノ庄に戻っていた。
123万石という史実の毛利家や上杉家すらも凌駕する大大名であった丹羽家の軍役は相当のもので今回も三万近い軍勢を抽出させされていた。
「ふう、毛利征伐には行かずに済んだが此度はかなりの負担となったな。されど大した戦いにならずに良かったわ」
当時15歳の長重は今回が指揮官として初の戦いであり天守に戻った途端に疲れが押し寄せその場に寝転がった。
「はは。柴田勝家や明智光秀でもこれほどの所領は与えられませなんだからのう」
江口正吉が笑いながら言う。
今回の戦の準備も実際には正吉が取り仕切っており、彼が丹羽家の屋台骨であった。
そんな風に2人が談笑していると使者が慌てて飛び込んできた。
「申し上げます!関白殿下からの上使が参られました!」
「なに!?すぐにお通しせよ!」
理由不明の上使の到着に長重は冷や汗を垂らす。
まさか自分に何か落ち度があったのだろうか?しかし思い当たることは全くない。小刻みに震えながらも長重は上座から下りる。
間もなく入ってきたのは長谷川秀一だった。
「藤さん……」
「五郎左……」
幼少期から面倒を見てくれた長谷川秀一の顔を見ればとんでもない事態になっている事は安易に想像できた。
間もなく秀一が秀吉の書状を広げる。
「丹羽五郎左衛門長重、先日の越中征伐の折に勝山城の成田弥八郎が佐々成政に内通していたとの報告あり。この責任を問い越前・加賀・近江の所領を召し上げ若狭一国へと減封と致す」
「なっ!?」
あんまりだ。
そう長重は思った。
証拠もないのにいきなり123万石の大半を召し上げなど信じられない話だ。
しかも自分にも落ち度は全くない。
若い長重は怒りを抑えられなかった。
「どういう事じゃ!我が父上が殿下の面倒をどれほど見たと思うておる!藤さんも知ってるだろう!?それに報告とは誰からの報告だ!教えてくれよ、藤さん!!」
必死に兄のように慕った男の肩を揺さぶるが秀一の表情は暗かった。
「若君!その辺で……」
「ええい!黙れ!今すぐに国中の家老共を呼び出せ!全員じゃ!密告した者を見つけてその首を跳ねて腸と共に送り付けてやるわ!この丹羽長重を舐めればどうなるか成り上がり者に教えてくれる!」
怒鳴り散らす長重を秀一は気まずそうな目で見ていた。
「五郎左……やめよ!それ以上言うと……」
秀一が目をやる方を見れば誰かの人影が見えた。
「あっ、あれは誰です……」
「言えぬ。しかしこのままではお主の立場は危うい。暫く大人しくしておけ」
そう秀一は助言したが時すでに遅し。
この長重の狼藉はすぐに秀吉に報告され加賀4万石まで所領を減らされた。
そして多くの重臣が秀吉の家臣団に吸収され、丹羽長秀が築き上げた丹羽家はいとも簡単に崩れ去ったのだった。




