84話
夜になると撤退を始めた前田勢であったがその情報は直ぐに大谷吉継に漏洩した。
「大谷殿!ここは打って出ましょう!さすれば前田勢は壊滅致しますぞ!」
吉継与力の戸田勝成が勢いよく机を叩く。
「うむ、それが良かろう。とりあえず丹羽様の織田様に伝令を送り我らは動くとする」
「いえ、小松宰相は臆病者でござる。ワシがまず前田勢を軽くあしらって参る!」
勝成はかつて丹羽長重の家臣であったが不仲であり長重減封にも1枚噛んでいた。
何より、他の丹羽家からの引き抜き組の中で自身が二万石なのに対して溝口、長束、村上、桑山らがそれ以上の所領を持っている事に納得がいかなかった。
「おい、待たれ……っ!」
引き留めようとした吉継だったがせきこんでしまいその間に勝成は行ってしまった。
そもそも与力は家来ではなく、石高も大して変わらない吉継にそこまでの強制力は無かったのだった……。
同じような情報は山口宗永にも伝わっており、彼もまた兵を率いて夜の闇の中を動き始めたのだった。
吉継の陣を飛び出した戸田勢千人は前田勢の背後に迫りつつあった。
「利長覚悟ぉぉぉぉ!」
勝成はその先頭を駆ける。
「引っかかったな!弓隊放てぇ!」
そう言って奥村永福の声が響く。
一斉に放たれた矢は勝成の兜を掠めた。
「おのれぇ!突撃せよ!」
同じように山口勢も突撃した所で村井長頼の迎撃を受けた。
彼らの怒鳴り声や鉄砲の音は丹羽長重の耳にも入ってきた。
「何故もう戦が始まっておる!?」
「戸田勝成と山口宗永が抜け駆けしたようにございます」
重臣の江口正吉が報告する。
「なにぃ!?彼奴らワシを出し抜いたつもりか!」
「殿、ここで焦ってはいけませぬ。この暗闇の中で無闇に突撃すればこちら側もそれなりの損害は出ましょう。一旦夜が明けるまで待ち、その後に攻めかかるべきかと」
「おのれ!どいつもこいつもワシを出し抜きおって!何故ワシはいつもこうなのだ!」
「落ち着かれませ!それでは15年前と全く同じにござる!」
「なっ!?江口、今なんと申した!もう一度申してみよ!」
長重は正吉の胸ぐらを掴み今にも殴らんとする勢いで迫る。
「ならば有り体に申し上げまする!今の殿は15年前の童であった殿と変わりませぬ!信長公の娘婿であり、かつて織田家の次席家老とすら歌われた先代があの世で泣いておられますぞ!」
「おっ……おのれぇぇ!!さっさと去ね!ワシの前からとっとと消えろ!」
激高した長重は正吉を蹴り飛ばす。
そして彼の脳裏には15年前のあの日のことが過ぎるのだった。




