83話
伏見での戦いが繰り広げられている頃、神速の行軍で小松城北部まで到着した織田信重、大谷吉継、丹羽長重らは迫り来る前田利長の軍勢二万と睨み合っていた。
「それにしても、織田家の血筋の御方は本当に早いのですな」
「ははは。伯父上は常に軍を先に動かすお方でしたからな」
吉継は三万の軍勢をあっという間に加賀まで出陣させた信重の采配に感服していた。
しかし早いのは前田利長もであり彼もまた信長の娘婿である。
「利長め、ノコノコ上洛したとて今更勝てぬものを……」
「ならば二度と立ち上がれないところまで叩きのめしてやりましょう」
「うむ。先鋒は五郎左に任せる。先陣右翼は山口(宗永)殿、先陣左翼は刑部殿。第二陣は青木侍従殿以下越前衆、そして第三陣はワシと大野宰相(織田秀雄)が受け持つ。よろしいな?」
「ははっ!」
諸将はそう応えると慌ただしく動き始めた。
対する前田軍本陣では。
「今すぐ撤退して宇喜多様に詫びを入れましょう。宇喜多様は殿のご縁戚にてきっとお許しくださるはずです!」
そう声を張り上げるのは重臣の太田長知。
対して利長の側近である横山三郎がため息をつく。
「そうすればお松様の身に危険が及びまする。それでも良いのなら太田殿だけさっさと城に戻られよ」
「なんじゃと……。御家存続こそ最優先であろう!のう村井殿!」
太田が重臣筆頭格の村井長頼に話を振るが村井は黙り込んでいる。
「人質の話をするなら私は宇喜多側に従いたいのだが……」
そう言うのは利長の弟の前田利政。
彼の妻は大坂で西軍の監視下に置かれていた。
「宇喜多様に許しを乞うたところで小松宰相が必ず意を唱えましょう。それに安芸宰相も我らを蹴落すことに躍起になっているらしい。そしてその裏にいるのは……」
「土佐中納言か……」
奥村永福の説明を聞いてやっと利長が口を開く。
「しかし土佐中納言より備前中納言の方が発言力は上じゃろう。それに備前中納言の下には奉行衆もおる」
「軍事力は向こうの方が上ですがな」
「奥村殿!そうやって殿を陥れようとするのはやめて頂きたい!」
「もう話にならぬ!ワシは帰る!但馬守(太田)お主も着いて参れ!」
煮え切らない利長達の態度に痺れを切らした利政が立ち上がる。
それに続いて太田も横山らを睨みつけるように陣を出ていった。
「殿、如何なさいますか?」
「放っておけ三郎。ひとまず国境沿いまで兵を引きそこに陣を築く。刃を交えねばどちらが勝とうが処罰はされぬわ」
「仰せのままに」
奥村と村井が軽く頭を下げる。
こうして前田利政の軍勢六千は引き上げ利長本体一万八千もゆっくりと撤退を始めるのだった。




