79話
信親達が伏見へ向かっている最中にも伏見城では激戦が繰り広げられていた。
この城を守るのは家康を幼少期から支え続けた鳥居元忠、松平分家である松平家忠、鵜殿長照の次男である鵜殿氏次らだった。
「日に日に包囲する軍勢の兵力は増えていく。どうしたもんじゃろうな」
元忠が外を眺めて言う。
既に西軍は宇喜多秀家、毛利輝元、島津義弘、立花宗茂、小早川秀包、小西行長、長束正家、増田長盛、中川秀政、小野木重次ら六万以上の軍勢に包囲されていた。
「打って出て出来るだけ多くの敵を道ずれに致そう」
松平家忠は死を覚悟していた。
それはここにいる2300人、皆同じであるが。
「ダメじゃ。ワシらの役目は内府様が戻って来られるまで時を稼ぐ事じゃ。向こうが総攻撃を仕掛けてくるまで耐えるんじゃ」
元忠は家康からこの城の守備を任されていた。
家康は元忠を捨て駒にしたわけではなく最も信用できるからこそ伏見に置いて行った。
そして元忠もそれは理解していた。
だからこそ、絶対に無駄に兵を減らす訳にはいかなかった。
さて、包囲陣に到着した信親と秀政は秀家の陣を訪れた。
そこで2人が目にしたのは刀を立てて鎮座する秀家と黙り込む小西行長、そして布の掛けられた遺体だった。
「鳥居元忠め……。私が送り込んだ使者をこのような姿にして返してくれたわ」
「ふむ。向こうは降伏する気がないという事だな」
「はっ。しかし総攻撃を仕掛けるとこちらの被害も少なくないでしょう。相手は精強な三河武士で死を覚悟しております。既に毛利豊前守殿の軍勢はかなりの被害を被っております」
行長の言う毛利豊前守は毛利勝永の事である。
二千ほど率いて来たが今では千人まですり減り重臣からも犠牲が出ていた。
「土佐守、お主がオランダ人から譲り受けたフランキ砲は使えないのか?」
「残念ながら未だ修理中じゃし使い手の訓練もままならぬ。御大将にどうするか決めて頂きたいが?」
秀家は出来た将だがプライドも高い。
使者を殺されて相当頭に来ているようだ。
「闇雲に突撃して被害を出すわけには参らぬ。暫し様子を見る」
「承った。我らは自らの持ち手に移動するとするか」
とはいえ信親も自軍から損害を出す気はなかった。
実際に先行して伏見を包囲していた親通率いる河野軍は後方に構えて一発の鉄砲も撃っていない。
そんな風に西軍がトロトロとしている間に小山の家康の元に西軍挙兵及び人質殺害の情報が届くのだった。




