70話
そろそろ如三が病死する頃のはずだが普通にピンピンしている。
7月になっても盃片手にキセルを加えているくらいには元気だ。
「父上、お身体は大丈夫なのですか?」
「はぁ?内府様に薬を頂いてからこの調子よ。最早あの御方は天下人だな」
家康は北政所の居所であった大坂城西の丸に秀吉の遺言に反して入ると森忠政、細川忠興、堀尾吉晴らを加増し福原長堯を改易し島津義弘や伊達政宗の叙任を斡旋するなどの独断行動が増していた。
とはいえ信親も三奉行もこれに不満がある訳ではなく宇喜多秀家は家中の騒動に加えて縁戚の前田、細川が徳川に恭順してしまったので異を唱える事も出来ず残る宿老で会津から動かない上杉景勝と家康の対立は誰の目にも明らかであった。
そして運命の慶長5年……の3月に臼杵にオランダ船のリーフデ号が漂着しその指示を宿老の中でも西国担当でキリシタンの信親に任せたいと寺沢広高と太田一吉から連絡が来た。
信親は早速家康の許可を得ると自ら臼杵へと向かった。
「わざわざ土佐様が参られるとは思うておりませなんだ。堅苦しいところですがごゆるりと」
「いや、どうせ伊予から臼杵なら遠くはない。太田殿も俺の事はお気になされず」
そんな風に話しながら信親はリーフデ号の船員が待機させられている部屋に案内された。
「中納言様の御成じゃ。頭が高い!」
通訳が言うとオランダ人達ぎこちなさそうにが頭を下げる。
「いや気にするな。それより『英語が話せるものは?』」
(『』は英語だと思って)
突然信親が英語で話したことに戸惑いながらも1人の船員が立ち上がる。
『船員のウィリアム・アダムスと申します。日本に英語を話せる方が居るとは思いませんでした』
『イングランド人か?俺は長宗我部権中納言信親、洗礼名はレオポルト。カトリックだが悪く思わないでくれ』
アダムスは信親の英語をオランダ人達に通訳しながら話している。
なかなか優秀そうだ。
『カトリックとプロテスタントの戦争もご存知ということでしょうか?我らは布教目当てに来たのではございませぬ』
『カトリックの蛮行は我ら日ノ本でもよく聞く話だ。出来ればプロテスタントに改宗したいと思うているくらいだ。まあ安心しろ、我らはお主らを処刑したりはせぬ』
徳川家康との相談中にはスペイン人やポルトガル人が訪れ彼らを処刑しろと言って来た。
だが心理的にも英蘭に近い信親はそれを拒否している。
『貴殿らが良ければ我が南府に来て欲しい。イスパニア風だが多少は洋館などもある。貴殿らの技術力とプロテスタントの教えを是非とも四国に広めたい。生活は保証しよう。どちらにしろ今のままだと国には帰れないだろう?』
アダムスはそれを聞いて周りの者たちに信親の言ったことを説明した。
『皆に説明したところ、是非ともお願いしたいとの事です』
『其は祝着なり。負傷者はこちらで治療してから南府に参られよ。それと、船内の武器はこちらで預からせてもらうぞ」
船内には鉄砲や大筒に加えてフランキ砲も置いてあった。
リーフデ号まで動かす訳には行かないので土佐の大工たちを臼杵に呼び寄せて、リーフデ号の修復を命じると信親はアダムス達を連れて一旦、南府へと帰国した。
「久方ぶりの帰国、驚きました。あの紅毛人達は?」
すっかり歳をとった久武親信が信親を出迎えた。
「あれは使えるぞ。もし南蛮人が文句を言おう物なら処罰して構わん。四国内では彼奴らの宗派の改宗を推奨させろ。但しゆっくりとな」
こうして信親の四国プロテスタント化計画が始まったのだった。




