65話
前田利家が亡くなった事が知れ渡った日の夜、加藤清正の屋敷には彼の派閥の大名が集まっていた。
「前田様が亡くなられた今、治部少輔を討ち取る絶好の機会じゃ!積年を恨みを今こそ晴らそうぞ!」
そう言うのは蜂須賀家政。朝鮮征伐では三成義弟の福原長堯の讒言により処罰を受けていた。
「蜂須賀殿に同意!戦を知らぬ軟弱野郎に目にものを見せてくれるッ!」
同じく処罰を受けた黒田長政も立ち上がる。
「治部の屋敷に一気になだれ込み彼奴の首を上げてくれるわッ!」
福島正則も怒鳴る。
「いや待て、首を挙げては不味い。ここは治部の屋敷を包囲し我らが彼奴に不満があると言う意思表示をする事が寛容ぞ」
「ふむ……しかし何故細川様が?貴殿は朝鮮には出陣して居られぬでしょう」
この場にいる将は大体が秀吉の子飼いだが忠興だけは織田家の旧臣であり年齢が近い以外は彼らと密接な関係にはなかった。
この中で最も若い浅野幸長はそれが疑問だった。
「細川様は秀次公謀反のみぎり、治部より無罪ながら詰問を受けたのだ。そなたと同じよ」
「うむ、そこらの茶坊主の上がりのくせに我らを見下し太閤殿下の威光を傘に暴政を敷く治部をワシは許せぬ!」
清正の説明で幸長も納得したように頷く。
「とにかく我らで治部の屋敷を包囲し、徳川様ら宿老衆に治部の処罰を申し出よう。加藤殿はそれでよろしいな?」
「うむ、彼奴の首を跳ねれんのが残念じゃが大坂を火の海にするわけには参らぬからな。それではそれぞれ持ち手を決めよう」
加藤嘉明の進言を受け入れた清正が三成の屋敷周辺の図面を広げる。
そして間もなく清正の屋敷から三百人程度の軍勢が飛び出した。
さて、その頃彼らと同年代の信親の方は呑気に初と犬の散歩をしていた。
「西国一の大大名様が犬の散歩なんて他の方が知られれば驚かれますね」
「いやぁ、俺は犬も猫も好きだからな。ライヘンバッハも久しぶりに外に出れて喜んでおる」
「その、らいへんばっは?と言う名前、呼びにこうございます。もう少し読みやすい名に何故しなかったのですか?」
信親はペットに世界各地の地名や神々の名前をつけまくっている。
大体がカタカタ言葉なので当時の人には呼びにくかった。
「こう言うのがカブいてんだよ。それともルネサンスか?はははは」
呑気に話していると急にライヘンバッハが吠え始めた。
「ああ、どうしたライヘンバッハ。ってなんじゃありゃぁっ!?」
ライヘンバッハが吠える方を見てみるとこちらに向けて走ってくる武士団がいるではないか。
直ぐに警護に就いていた福留政親らが刀を構える。
「よく見ればあれは加藤清正や福島正則だ。何かあったというのか……」
「むっ、これは土佐中納言様!それに奥方様ではありませぬか!」
流石に宿老の三番手と淀殿の妹となると清正らも下馬して挨拶せざるを得ない。
案外礼儀正しく7人は頭を下げる。
「これはわざわざ……。何か大坂であったのですか?まさか姉上が!?」
「いえ、御安心なさいませ。お方様はご無事にございます。しかしお方様と中納言様を誑かす奸臣を我らは討ち取る為に集まったのです」
正則の説明で信親は察したようだ。
「まさかお主ら、石田治部とその一派を討ち取る気か!」
「流石は土佐殿、義父上の盟友なだけはある。しかし討ち取るのではなく我らが治部の処罰を求める意思表示よ」
「成程、越中殿の割には優しいな」
「ともかく長宗我部様もことが明らかになれば我らにご加勢願いたい。石田、福原、垣見、熊谷、小西らは許せませぬ」
「うーむ、その主計殿の願いがどこまで叶えられるかは分からぬがお主らに不満が出来るだけ残らぬように努力しよう。それとライヘンバッハが怖がるからゆっくり行ってくれ」
「これは面目ない。それでは御免!」
そう言って清正らが去ったのを確認すると信親は警護に就いていた忍衆の隊長を近くに呼び寄せた。
「あれらが迫っておると治部に教えてやれ」
「はっ?よろしいのですか?」
「バレぬようにやれよ」
「ははっ!」
忍者隊長が走っていくのを見送りながら初はキョトンとしている。
「ふん、勝手に突撃して味方に迷惑をかけたくせに一丁前な事を申すでないわ」
信親は舌打ちしながら彼らの背中を見送るのだった。




