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シン 長宗我部転生記   作者: 三p
天下人の章
112/199

45話

久しぶりに麒麟がくる見たんですがやっぱりどうする家康とは良い意味で空気感が違いますね

ホントに天正以降もじっくり描いて欲しかったです

天正17年、秀吉と茶々の間に待望の嫡男となる鶴松が生まれた。

これでめでたく信親は秀吉の義弟かつ豊臣政権の次期当主の叔父となり家格は更に上昇した。


翌年には秀吉は天下統一の総仕上げとして北条氏討伐を行うために諸大名を大坂に集めた。

事の発端は信州上野に勢力を持つ真田昌幸と北条氏の争いである為か、真田昌幸と秀吉の馬廻りとなっている次男の源次郎信繁、そして東北関東の諸大名の名代も列席している。


いつもの通り、信親は宇喜多秀家に続いて座り秀吉が入ると諸大名が一斉に頭を下げる。


「それでは皆様、此度の陣立を説明させて頂きます」


早速石田三成が東日本の地図を広げる。


「此度は日ノ本始まって史上、最大とも言える20万の軍勢を持って北条を討伐します。我ら豊臣軍は北陸、東海道、海路の3方面より小田原を目指し東北関東諸大名もそれぞれ北より雪崩混みます」


まず三成は最上、佐竹ら東国の大名の名前が書かれた駒を動かす。


「まずは北陸方面軍。前田中将様と上杉宰相様が南進し真田殿と合流し上野武蔵の所領をお攻めくだされ」


前田・上杉両名が頷く中、徳川家康が声を上げる。


「お待ちなされ、真田は我らが与力。何故北陸方面なのかな」


「真田は上野に詳しく北条に従属していた事もある。与力と言っても徳川様の家来ではございませんぞ」


諸大名の冷たい視線を感じて家康も引き下がるがこの2人はかなり不仲のようだ。


「海路は長宗我部宰相様を総大将に九鬼嘉隆殿、加藤嘉明殿、脇坂安治殿、香川親和殿、小早川秀包殿、立花宗茂殿が沿岸部の諸城を攻め落としながらお進みくだされ」


「応!!」


親和ら義兄弟3人が答える。

恐らく無理やりねじ込ませたのだろうが信親としては立花宗茂が居るのは心強い。


「東海道よりは徳川様を先鋒とし近江中納言(秀次)様が畿内濃尾の軍勢を率いて出陣、最後に殿下御自ら出陣されます。京の守りは大和大納言様と堀少将殿にお任せ致す」


堀秀政は史実での毛利輝元の役割を与えられたようだ。

もしかすると流行病にかからずに史実より長生きするかもしれない。

信親は微かに期待を寄せる。


「此度が天下統一の総仕上げじゃ!皆の者、引き締めていくぞっっ!」


「ははーー!!」


秀吉の一言で軍議は締めくくられた。

世にいう小田原征伐の始まりである。

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