10話
忍城攻めの行軍に加わる信親はひたすらに汗をダラダラと流していた。
暑い訳では無い、更に事態がややこしくなったからである。
現在北条方の武蔵忍城を攻めるのは石田三成、大谷吉継、長束正家、直江兼続、真田昌幸、佐竹義宣ら……西軍オンパレードである。
さらに援軍の大将の浅野弾正長吉という男は典型的な秀吉の親戚だっただけで出世したタイプの武将で態度もかなりデカかった。
「どうして忍城は落ちないのですかのう」
馬に乗りながら信親が少し前を行く浅野に話しかける。
「ふん!治部は論外じゃし上杉も真田も北関東の奴らも所詮は田舎侍!背水の陣を敷いた敵に叶わう訳がなかろう!」
それを土佐の生まれの人間の前で良く言えたものだ。
これだから伊達政宗に絶縁状を叩きつけられるのであろう。
「いや、しかしながら忍城に篭もる成田の連中など典型的な田舎武士では?」
正論を言われてムッとする浅野。
「とっ、とにかく!殿下義弟のワシが出向かねばならぬ程に奴らは苦しめられておるのだろう。そなたもしかと励めよ?ワシの顔に泥だけは塗るな」
後ろの信親の家臣達が怒りに振るえているのを目で宥める。
やはり豊臣政権というのはどうも一筋縄ではいかないようだ。
さて、忍城に到着した時には三成による水攻めが行われており辺りは洪水の後のような光景であった。
「あの、弾正殿。これ我らが来なくとも……」
「いや、降伏する動きが見えぬ。1度勧告するぞ、着いてまいれ」
と、前総大将の石田三成になんの相談も無く浅野は降伏勧告をするために忍城に入城した。
城内は水から逃れてきた民で溢れておりどれが武士でどれが農民か分からない有様であった。
その中ではまだまともな服装をした男に案内され浅野と信親は城の本丸に入る。
中にいる武将たちは皆疲れ果てている様子でありはっきり言ってこれ以上の戦は虐殺になりかねず今後の関東統治に響く可能性すらあった。
「さぁて、成田よ。良くもまあここまでやったのう」
浅野が高圧的な態度で続ける。
「しっかし、民を巻き込んでまで戦をするとはこれだから田舎侍は困るのじゃ。しーかし、我らにも慈悲はある。そこに居るそなたらの全員の首を差し出せば民の命は助けてやろう」
そこに居る全員など誰が受け入れるか……。
呆れる信親と反対に激怒する成田家の面々。
「ふっ、ふざけるなぁ!なれば我らは最後の一兵となっても戦ってくれる!」
「よし、言うたな!であれば城内にいるもの皆敵とみなし存分に戦わせてもらおう」
挑発に乗ってしまった成田家の一同は直ぐにしまったという顔をする。
それを無視して浅野はさっさと信親を連れて城を出て行ってしまった。
さてひたすらニヤニヤしたまま浅野は石田三成らが控える本陣へと足を運ぶ。
浅野が入ると一同は頭を下げる。
「浅野殿、援軍忝ない」
「ふん!未だに城を落とせぬとはさぞ辛かろう。だがそれも今日で終わりじゃ。暫く待てば敵の方から斬りかかってくるわ」
「なっ、弾正殿……!それはどういうことか!」
と立ち上がったのは長束正家。
某映画とは違いそれなりに優秀そうだ。
「良いか!殿下は先程ワシが城を無血降伏させた折に大層お怒りであった!つまり城内に与する者は尽く斬り捨てなければならぬのだ!」
「弾正殿……何故我らが水攻めを行うたかお分かりでないのか……」
と呆れる石田三成。
「どうせ手緩いことを言うつもりであろうがそうはいかぬ!敵が出てきたところをなで斬りにし一気にケリをつけるぞ!」
「……」
先に着陣していた諸将らは何も言い返すことが出来なかった。
軍議の後、信親と同年代くらいの男が話しかけてきた。
「長宗我部殿、大谷刑部にござる」
「おお、刑部殿。こうしてお話するのは初めてですな」
その男の正体大谷刑部こと大谷吉継であった。
まだ病に体は犯されておらずピンピンしている。
また西軍かよ……と思いながら信親は応えた。
「早速で申し訳ないが城内の様子はどうなっておられる?誠に敵が斬りかかってくるとは思えませぬが」
「うむ、弾正殿が無礼な態度で挑発した故に城の諸将は激怒したのじゃ」
「やはりな、あの男はそのような男じゃ。このままではただの虐殺になってしまう。何とかして抑えたいものですが……」
「であれば小田原が開城したと嘘を流せば良いのでは?」
史実で忍城は小田原が開城したと知った事で開城した。
つまるところ、嘘でもいいから敵の戦意を無くせば無血開城に持ち込めるはずだ。
「なれば北条の一門で先に降伏した北条氏勝が我が軍におります。それを使って説得させましょう」
こうして信親と吉継により秘密裏に作戦が実行されたのだった。
浅野長吉 後の浅野長政、多分こんな性格じゃない
石田三成 言わずと知れた武将
大谷吉継 言わずと知れた奉行衆
長束正家 奉行衆、元丹羽家家臣
佐竹義宣 常陸54万石の大名
直江兼続 上杉景勝家老
真田昌幸 信濃上田城主