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◇◇◇
懐かしい夢を見た。
布団の中から真っ直ぐにこちらへ手を伸ばす彼女は悲しそうに儚げに笑っていた。
まるで雪のようだ。
そんな事を思いながら彼女の青白い手を握った。
彼女はこれから死ぬ。それを覚悟しているからか、彼女はとても気高く見えた。
「あなたを1人にしてごめんなさい。」
それが彼女の最期の言葉だった。
「ねぇ、泣いているの?」
その声ではっと目が覚めた。確かに目頭には涙の滴が溜まっていたが、それ以上にそう声をかけてきた子供に衝撃を受けた。
「怖い夢でも見たの?もしくは悲しい夢?それとも幸せだった頃の思い出でも見ていたの?」
ヘンテコな服装。まだ子供とはいえ、一応女なのだから肩より短く髪を切り揃え、足を出した身なりはどうかと思う。
「お前、どうやってここに入ってきた。」
「どこって…普通に玄関から。」
子供は入り口の引戸を指差す。
「そんなはずはない。それなら俺が気づいて起きるはずだ。」
達人とまで言われた武人が人の気配を読み取れず、今までぐっすり眠っていたなどあり得ない。殺気を込めて子供を睨み付ける。
「そんなの知らないよ。私は玄関から入ってあなたが起きるのを待っていた。
ねぇ、ここに来る途中に魚を獲ってきたの。火の起こし方が分からないから焼いてくれる?」
子供はあっけからんとして布袋に入れた大量の魚を見せてくる。布袋は大量の水を吸い込んだせいで色が変わっていた。妙に生臭いと思ったら、それのせいかと納得して慌てて声を荒げた。
「ふざけるな!!俺を誰だか知っていてそんなことをほざいているのか?もしお前の言う通りだというのならお前は人どころか生き物ではない!」
子供はひどく傷ついたように一瞬目を潤ませたが、すぐに微笑んだ。その微笑みは先程の夢に出た彼女の笑いを思い出させた。
「あなたが誰なのか知っています。人、獣、岩さえも難なく斬ることができ、魔をも斬ってみせるハガネ様。」
子供は持っていた魚を置いて、姿勢を正し座り直した。
「この世に斬れないものなどないと言われているそんなあなた様を見込んでお願いしにきました。
ハガネ様、私を斬ってください。そして確実に私を殺してください。」
◆◆◆
早朝。まだ朝陽が昇る前に俺は、宿舎を後にした。
「本当に行くんだね。仕方のないことだけど、カルバルさんも心配はしていた。」
カルが木陰に隠れながら言った。見送りに来てくれたらしい。
「でもチャンスだと思ってるんじゃないのか?ワタリドリのせいで上層部がバタバタしてるんだから。」
「かもね。でも確実に王を殺せるのはニゲラだけだから。それにあんだけ手塩をかけてカルバルさんが育てたんだ。ニゲラのことはきっと我が子のように思ってるよ。」
どうだろうか。俺はカルに何も答えずただ笑って見せた。
「もちろん僕も心配してる。だから無事に帰ってきてね。」
俺は行ってくると一言告げて軽く手をあげた。カルは見えなくなるまで見送ってくれた。
正直、俺も不安だ。いくら公にしていないとはいえ、俺以外にもスイ捕獲隊はいると思っていた。少なくとも2、3人ぐらいはつけてくれると期待したのだが、ヤマト達は誰もつけてくれなかった。
本気でスイを捕獲する気あるのか?ぶっちゃけて言うと俺がハガネ様や術者様に殺される可能性の方が高いよな?むしろ俺に死ねって言ってる?
素直そうに育ったとヤマトの事を思っていたが、実は腹黒野郎に育ったのかもしれない。これやっぱり、9年前に俺が2人を見捨てて逃げたこと相当根に持たれてる。
まぁ俺も裏がなくこの依頼を受けた訳ではないからいいのだが。
ヤマトが訪ねてきたあの後、俺は色々と考えてみた。あの時、ヤマトは俺がきちんと理解できるように説明をしてくれなかったのは、わざとだったのではないかという気がしてきた。ヤマトは何かを隠している。それはどのくらいの規模の隠し事なのかは分からないが、少なくとも俺に知られたら都合が悪いものであることは間違いない。冷静に考えて世界が崩壊するというのに、何故国の宝たちはスイに力を貸すのか。そんなのただの自殺行為だ。俺はその隠された事実を知るためにこの依頼を受けた。もちろん死ぬのは嫌だからスイの捕獲は第一なのだが。
「目的地はサルジア、か。」
始まりと終わりの地、サルジア。スイたちはそこへ向かっているらしい。
この世界に召喚されて来たときに居たのはこのサルジアで元の世界に帰るときもサルジアから出ていく。まさに俺たちにとってもサルジアは始まりと終わりの地だ。
俺は城からもらった金で馬を買うためにまずは町へと向かった。