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スイ。
そういえばそんな名前だった気がする。
俺はおぼろげな記憶を掘り起こしてみようと記憶を探った。
だがいくら記憶を探ってもあの女の子、スイが生きている可能性が思い浮かばなかった。この男と同じように魔導師様の元で保護されていたのだろうか。いや、それなら最初っからあんな酷いことしないだろう。そもそも魔導師様はスイだけを狙っていたように思える。そもそもこの魔導師様による召喚はスイだけを求めていたはずで俺たち2人はスイに、ただ巻き込まれただけだったのではなかったのか。だから巻き込まれただけである目の前の男と俺も保護しようとしてくれているのだと思う。
「スイは元の世界に帰ろうとしている。」
男は俺の疑問に答えてくれる様子はなく、話を進めていく。
「元の世界に帰る方法なんてあるのか?」
仕方なく俺も話の腰を折らないように合わせることにした。
「僕らは無理だけど、スイは帰れる。彼女はワタリドリだから。」
はい。ストップ。ワケわからん。ワタリドリなんて初めて聞く専門用語だから。
「そのワタリドリって何だ?俺の知ってるワタリドリとは違うみたいだけど…。」
「僕の言っているワタリドリとは世界を行き来できる存在のことだよ。ワタリドリは死ぬことがあっても存在が消えることはない。個体の死を迎えても転生ができるし、その転生は異世界転生でも可能だ。ワタリドリは常に平和な世界を求めて転生し、その世界にあった姿と概念で存在し続ける。」
「うん、意味がわからない。」
先程までは一旦置いてから言葉を発していたが、理解できなさすぎて思わず心の声が漏れてしまった。そんな俺に対しても男は呆れることもなく話続けてくれる。
「そもそもワタリドリには自身の本来の世界というものがないから異世界のゲートが開くと死なずとも何の抵抗もなく通ってしまえるんだ。今回のケースは魔導師様が僕らの居た世界とのゲートを開けたことにより、ワタリドリであるスイがこの世界に来てしまったということになる。」
「つまりどういうこと?知識のない俺にも分かるように説明してくれ。そもそも魔導師様はなんでそのゲート?を開けたりしたんだ?」
「魔導師様がゲートを開けた理由はこの世界を救うため。僕らがこの世界に来るまでこの世界は崩壊寸前だったのは知ってるだろう?」
知らなかった。
「魔導師様は世界の危機を救ってくれる者を求めてゲートを開けたんだ。そこで召喚されたのは僕たちだ。」
「なんで俺たちの召喚がこの世界を救うことに繋がるんだよ」
「ワタリドリは常に存在し続けることができるぐらい莫大なエネルギーを持っていて生産し続けることができる。そのワタリドリであるスイのエネルギーを使って魔導師様はこの世界を維持していく方法を使っているんだ。」
俺の質問に答えてくれ。俺にもわかるように説明してくれと言う要望を聞いてくれ。俺は諦めて男の話を黙って聞くことにした。
「ここまで言えば分かるだろう?スイが元の世界に帰ってしまったら、この世界は崩壊してしまうんだよ。」
「だから俺にスイを捕獲してこいっていうのか。話は分かった。だが、そんな世界の危機なら城の軍を動かした方がいいだろう。俺みたいな下端なんかにわざわざ面と向かって頭下げないでさ。」
というより軍を動かせ。これ以上、俺を変に目立たせないでくれ。
「スイ単体ならそうしたよ。でもスイにはこの国最強の剣士ハガネ様がいる。それに術者様も。そんな国の宝たちが世界の反逆を企ててるなんて国民たちに言えるわけないよ。そもそもこの世界の崩壊を止めているのがスイのエネルギーだってことも彼らは知らないのだし。」
ハガネ様。その名前を聞いた瞬間、俺は彼と一緒に居た女の子を思い出した。俺が通っていた学校の制服に身を包んだ少女と呼ぶにはまだ早い幼女。
「なんでスイは成長していないんだ?」
世界を維持するためにエネルギーを回しているため、体の成長に回すエネルギーが足りなかったから?それとも元々ワタリドリという俺らとは違う存在だから成長というものがないから?
体が震えた。
恐怖よりも怒りという方が正しいかもしれない。スイは元の世界に戻っても姿は変わっていないのだから、時間経過がこちらと同じでなければ、元の生活を送ることができるのだ。
いや…同じだとしてもまだ幼女の姿なのだから、養護施設などに保護されて問題なく生活出来る。
だが、俺たちは?
異世界召喚されたこの9年間、着々と体は成長していった。たとえ元の世界に戻れたとしても生きていくことは困難である。もし召喚された時から大して経っていない時間に元の世界に戻されたら、きっと悲惨なことになるだろう。7歳の子供がいきなり16歳になりましたと言っても誰も受け入れてくれない。家族からは自分達の子供を奪った他人と認識されて恨まれる可能性もあるかもしれない。
たとえ、時間経過が同じで召喚された時から元の世界も9年経ってたとしても義務教育を終えたであろうこの歳の姿では家族はもちろん、きちんとした団体での保護は見込めない。とにかく真っ当な生活なんて送れるはずがないことは想像つく。
つまり、たとえ帰れる手段があったとしても、現実的に考えると俺たちはこの世界で生きていく他に道はないのだ。それなのにスイだけは違う。それだけでも許せないのに、俺たちの唯一生きるための世界さえも壊していこうとする。
「少し…考えさせてくれ。気持ちと頭が追い付かなくて…。」
「それは構わないよ。でも時間はあまりないから、出来たら早く決断して欲しい。神楽くん。」
男は穏やかにそう言った。
「なぁ、俺はこの世界では神楽じゃなくてニゲラと呼ばれているんだ。お前のことはなんと呼べばいい?」
「僕は前の世界と同じヤマトで大丈夫だよ。フルネームで呼ばれない限り、僕を名で縛ることは出来ないし、そもそも僕らの名前をきちんとこの世界の人たちは発音できないみたいだから、名前がばれたところで何の問題も無いんだけどね。」
そうだ。ヤマトだ。下の名前は思い出せないが、大和くん、大和くんと呼んでた気がする。
さりげなく名前を聞くことが出来た俺は、ほっと胸を撫で下ろしたが、ヤマトの言った発音できないという言葉に疑問を覚えた。
「スイが元の世界に戻ろうとしていることが発覚した時に、彼女の名を縛ろうとしたんだ。名を縛る魔法が使えるのは王族だけだから、皇太子様にお願いして縛って貰おうとしたんだ。だけど出来なかった。最初は僕の記憶違いでスイの下の名前を間違えたのかと思ったけど、試しに僕の名前で僕を縛って貰おうとやってみたら出来なかったから、きっと発音が何か違うんだと思う。」
ヤマトはそう言って笑った。そのあとは特に話すこともなく、解散した。よい返事を期待してると言ってヤマトは帰っていった。
俺は1人残された部屋で何となくぼーっとしていた。俺たちが元の世界の言葉で話したのは最初の簡単な挨拶だけで途中からはこちらの言葉で会話していた。元の世界の言葉を俺たちはもうほとんど話せなくなっているのだ。話せなくなったというより、7年間の言語力しか持っていないということだ。
「やっぱり帰れないよな…。」
俺は小さく呟いて、ヤマトの話を受けることにした。