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入隊して1週間後の訓練を終えた時に見かけた術者は20代ぐらいの若い男だった。中華風の華やかな服装をしていたが、とてもこの世界を記録している偉い人物には見えない。だが何者にも屈しないような威圧感を感じさせ、ただ者ではないことは一目で分かった。俺が深く頭を下げるとそれが当たり前のように戸惑いを見せず一切俺に視線を向けることはなく通りすぎていく。何故かそれが無性に悔しく感じた。
ハガネ様と呼ばれた男もそうだったが、彼らはこの世界の住人で人々から敬われることを当然だと受け入れる環境で育ってきているのだろう。そうなるためにきっと彼らは自身の意思で努力してきたのかもしれない。
俺は選択権も与えられず王殺しの犯罪者としての道を強要されているのに…。
もし元の世界であのまま生活出来ていたのなら、今頃俺にもたくさんの未来を選択でき、何者にもなれる道があったはずだ。それを俺は問答無用に閉ざされたのだ。俺だって自分の意思で未来を選択し努力をしたかった。こんな理不尽な運命を何故俺が歩まなくてはいけないのか。
力強く握りしめた拳を緩めるために深く深呼吸をする。殺されて死ぬなんてごめんだ。俺はこんな理不尽な運命でも生きたい。
革命軍への定期報告をするために俺は酒場へと向かう。革命軍の一員だとばれたら殺されるが、革命軍に裏切り者だとみなされたら即殺される。定期報告をバックレる訳にはいかなかった。
約束の酒場に行くとおどけた様子で大道芸を披露するカルがいた。ボールを3個くるくる回している。客の1人が新たにボールを投げると器用にキャッチして合計4個のボールを回している。また新たに客がボールを投げるとそれもキャッチして5個目もくるくると回して見せる。
「大道芸の坊主、もう1本行くぞー」
6個目、7個目、8個目…。カルは落としそうな様子もなく、くるくると器用に回して見せる。10個目になると客席から拍手が上がり、カルは球回しを止めた。
「皆様、よろしければこの小さな体で10個の球回しを行ったこの僕にチップを恵んでください!」
被っていた帽子を客席に向けると多くの小銭が帽子の中へと放り投げられていく。中には紙幣も混ざっていた。俺も彼らに倣って細かく折り曲げた紙幣を定期報告を書き込んだメモを重ねて投げる。カルは余すことなくキャッチすると優雅に一礼した。また大きな拍手が響く。
「皆様ありがとうございます!では今宵も楽しい夜をお過ごしください!くれぐれも二日酔いにはお気をつけて」
人々に見送られながらカルは店のカウンターへと下がっていった。凄腕の大道芸の少年。まさかこの少年が革命軍の一員だと誰が思うだろう。カルバルは中継役に最適な人物を配置したと思う。
俺は2杯ほどカクテルを飲んでから酒場を後にした。日本人だからか20歳を越えていないのに酒を飲むのは、いまだに罪悪感がある。だからいつも度数の低いジュースみたいなカクテルをチョイスしてしまう。ノンアルコールがあればいいのだが、軍人が酒場まできて酒を頼まないのは不自然すぎる。これも生きていくためなのだから仕方がない。
宿舎に戻ると同僚の何人かが肩を組んで歌っている。
この酔っぱらい共が。
俺は絡まれないようにこそこそと部屋へと入る。そして目を見張った。
「やっと帰って来た」
俺は慌てて腰に当ててた剣を抜く。誰もいないはずの部屋に知らない男がいた。
「誰だ。ここは俺の部屋だ。部屋を間違えていないか?」
俺の問いに男は穏やかに笑った。月明かりで照らされたその男は、俺と同じぐらいの年頃で俺と同じ黒い髪に黒い瞳。肌の色も顔立ちもこの世界には珍しく東洋人のようだ。そんな俺と共通点がある知り合いはこの世界にはいない。見かけたこともない。もし見かけたことがあったとしても忘れるはずがない。
「間違えてはいない。僕は君に会いに来た。」
俺に?なんのために?その疑問を口にする前に男はまた話し出す。
「会いたかったよ。神楽くん。」
それは確かに慣れ親しんだ元の世界の言葉で、もう二度と呼ばれることがないと思っていた俺の本当の名前だった。