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女の子を見捨てて逃げ出したあの後、俺は人身売買の連中に捕まった。俺たちが連れてこられたあの砂漠をサルジアと言うらしい。サルジアの近くにはいくつかの町があって、貧しい家の親が口減らしのために子供を捨てに来るそうだ。
俺はどこかの町から捨てられた子供と思われたようで、他の子供たちと同じように檻の中に入れられ、金持ちそうな大人たちの気色悪い視線に晒された。周りは意味のわからない言葉で何かを話していて気分が悪かった。連中に捕まってから知ったのだが、俺はこの世界の言葉を理解することが全くできなかった。あのローブを着た男の言葉を俺が理解できたのは、俺への異世界召喚特典ではなく、単純にあの男が日本語を話していたからなのか、もしくはあの男が特別だったのか分からないが、とにかく俺ではなくあの男に原因があるようだ。
これからどうなるのだろうという不安と理不尽な出来事への怒りを抱えながら、物色してくる視線に耐えている時、カルバルに出会った。他の金持ちどもとは違う旅商人のような地味な装いのカルバルは、俺をじーっと見つめ、店主と何か話していた。そして、俺を買い取った。言葉が全く理解できなかったため、白癖だと店主は思ってたらしく、かなりの安値で買い取れたそうだ。
カルバルは革命軍のリーダーで、俺にニゲラという名を与えてくれた。この世界の言葉と文字も教えてくれた。
本当の名を隠さなくてはならないこの世界を変えたい。そのためには、唯一名を縛る魔法を使える王族を消さなくてはならない。
カルバルたちの目的は、王族の排除だった。
俺は問答無用に、そんな国への反逆を企てている連中の仲間になった。ニゲラという名は、この世界での俺の名ではあるが、本来の名前ではない。そのせいでかは分からないが、名を縛る魔法が俺にはそれほど効かない。他の連中は名を縛る魔法を使われると、抗う余地もなく従ってしまうそうなのだが、俺の場合は、頭の中から命令が聴こえるだけで、俺自身の意思で行動することが出来る。つまり、命令に従うか従わないかは俺の意思で選べるということだ。しかも、その事実を魔法を使った側からは、俺が命令を聞かない限りは知られることはない。革命軍の中で唯一、不審がられる前に王族の首を獲ることが可能な存在なのだ。だからこそ選ばれてしまった。王族暗殺の実行犯として。
◆◆◆
「さっきすれ違った変わった装いの男性って、城の人ですか?」
階段を下りながら、俺は前を歩く先輩軍人に尋ねた。先輩軍人は、あぁ、とすぐに誰のことを言ったのか理解したようだ。
「ハガネ様のことか。」
「ハガネ様?」
「この国最強の剣士様だよ。」
そんな者がこの世界に居たとは知らなかった。だが、それよりも気になっていることがあった。
「そのハガネ様と一緒にいた女の子は?」
俺が元居た世界での制服を着ていたあの女の子。あの子の存在が気になった。俺と同じようにこの世界に連れてこられた子なのだろうか。
しかし、先輩軍人の解答は、知らないという俺の期待に応えてくれる返答ではなかった。一瞬、俺が見捨てた女の子ではないかと思ったが、すぐにそんなはずはないと否定した。あの子がもし生きてたとしたら、今年は15歳のはずだ。あんな幼いはずがない。あの女の子は俺が連れてこられた時の年頃だ。
「本来、ハガネ様は山に籠ってたはずだから、城にいる事なんてないのだが…。何かあったのだろうか。」
ぽつりと先輩軍人が呟く。それに俺は何の反応もしなかった。
その6日後の夜、ハガネ様の他に術者というこの国の記録をする男が登城したと噂を聞いた。術者も普段は城にいないらしい。また何かが起きたのではないかと人々はざわついていた。