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俺がこの世界に来たのは、9年前だった。
あの日は、来年入学予定の幼稚部の子を校舎案内する日だった。俺の通っていた学校は幼稚園から大学まであるエスカレーター校で、いわゆるお坊っちゃま、お嬢様が通う私立校だ。上級生2人と下級生1人の3人1組で校舎を回ることになっていて、当時小学1年生だった俺は、初めての下級生にどぎまぎしていた。俺たちと同じ制服にあまり変わらない身長。それでも、俺は年上ぶって下級生の手をもう1人の同級生と一緒に片方ずつ繋いでいた。女の子だった。どんな顔だったのか名前さえも今では思い出せない。その時一緒だった同級生の男の子の顔さえも思い出せないのだから年月とは残酷だ。
階段を登っている途中、俺は階段を踏み外してしまったのだと思う。多分、踏み外したのだ。地面に穴が開いたような気がして、繋いでいた手を離す間もなく、落ちていった。まるで不思議の国のアリスのように垂直に落ちていった気がするが、実際はどうだったか分からない。再び地上にたどり着くまで一瞬だった。だが、そこはよく知っている校舎ではなく辺り一面、砂しかない砂漠だった。
「まさか3人も召喚されるとは…。」
そう言ったのは、ファンタジー映画のように黒いローブを着た男。40代ぐらいだろうか。黒い髪にはところどころ白髪があった。彫りの深い顔に緑色の目。男の人種が同じ日本人でないことはすぐに分かった。
男は俺たち3人を1人ずつじーっと見つめ、何かを見極めようとした。そして、女の子を指差して、お前かと告げた。その瞬間、男の指からバチバチと電流のようなものが弾き出し、女の子の体を包んでいく。女の子は苦しそうに言葉にならない悲鳴をあげていた。突然の出来事に俺は呆然としていたが、もう1人の男の子がやめろと叫びながら、男に体当たりした。
なんと勇敢で度胸のあることなのだろう。しかし、所詮は7歳児の体当たり。男はよろけることもなく、男の子を蹴飛ばした。そして、邪魔をするなと男の子に女の子よりも強力そうな電流を浴びせた。男の子は、ぎぃゃと短く声をあげると真っ黒になり、動かなくなってしまった。真っ黒になった男の子を見て、俺は固まった体を何とか動かし、走り出した。女の子は、再び男から電流のようなものを浴びせられている。
「待って!行かないで!助けて!!」
女の子が悲鳴と共に俺にそう懇願しているのが分かった。彼女がどんな顔だったのか俺は振り向かなかったから知らない。女の子の懇願も虚しく、俺はその場から逃げ切ることができたのだ。
◆◆◆
「2020934、着いたぞ。入れ。」
前を歩く軍人先輩の声で我に還る。いつの間にか階段を登り終え、王の間にたどりついていた。頬の痩せこけた老人。髭も髪もボサボサで伸び放題で服がきらびやかでなければ、王ではなく乞食と間違いそうだ。嫌にギラついた目で俺を見つめる。そして、ニヤリと笑いかけた。
「二ゲラ、膝間つけ!!」
何かが頭に語りかける。
あぁ。これか。
俺は、ゆっくりと命じられたように膝をついて王に頭を下げた。王は満足したように声を出して笑いだした。
「朕に忠誠を誓え。お前の命は朕の掌にある。肝に命じよ。ほれ、もう下がれ。」
まるでこの世の神であるかのように王は俺を見下しニヤニヤしている。俺はそそくさと王の間を後にした。
馬鹿馬鹿しい。
そう毒づいた。あんなみすぼらしい、品のない老人に逆らうことができないなんて屈辱だ。きっと彼らもそう思ったのだろう。だから、王殺しを計画したのだ。この世界の住人でない俺を利用して。