16-1
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眼を開くと美しい空が描かれた天井が広がっていた。高く広くどこまでも続きそうな天井。僕はあまりの美しさに、しばらく天井を見つめていた。
「目覚めたか。」
男の声ではっとした。僕はその男が怖かった。僕を殺そうとして攻撃してきた男。だが、彼は深く僕に頭を下げた。
「何も関係ない君を巻き込んでしまい、そして怖い思いをさせてしまい、申し訳なかった。私の力では君を元の世界に戻すことは出来ないが、一生をかけて償いをする。」
その瞬間、僕は僕自身について察することができた。僕は勇者どころか特別ではなかったのだと。
この世界について、その男、魔導師様は説明をしてくれた。神がこの世界の全てを支配するため、この世界の住人の命は神の思うがままであり、神を排除することはできないこと。
だが、神の意思とは関係なく魔法を使うことはできるため、現王族たちは神の名を縛り、城の地下へと閉じ込め、神の動きを制限していること。
そして、神によって滅び行くこの世界を救うことが出来るのは、この世界の住人ではなく、異世界人であるため、魔導師様は異世界召喚の儀を行い、僕ら3人を召喚したこと。
「異世界召喚の儀が行われたのは、百年以上も昔のことで、術者の持つ記録でしか確認することは出来ない。記録によると、召喚された者の人数は1人だけで、言語の壁は召喚した魔導師からの現世界の説明によって解決されると言われている。この召喚された異界人を我々は勇者と呼ぶ。勇者は、驚異的な身体能力と魔力の軌道を読むことができ、圧倒的な力で神を倒すと伝えられていた。」
魔導師様から説明を一通り聞いても僕は、魔導師様以外の住人の言葉を理解することは出来なかった。身体能力も平均で魔力の軌道さえ感じることはできない。魔導師様の話を聞けば聞くほど失望感が募っていく。
「異界人が3人召喚された例は記憶に残されていない。私は戸惑ったが、3人の中で異常な魔力量を感じた1人がこの世界の救世主なのだと直ぐに理解した。何も異界人だけが救世主とは限らないのだと。」
それがワタリドリという人外であるスイだった。魔導師様の説明を僕は何処か遠くから聞いている気がした。ワタリドリは本来交わることのない世界と世界を渡ることが出来る特異な存在であり、その存在は過去の記録に記されている。世界を渡る際に人を連れて渡ることが出来るのも特徴らしい。
「君たち2人は、たまたまワタリドリと手を繋いでいたからこちらに来てしまったのだ。」
償っても償いきれない罪だと魔導師様は言った。魔導師様の話を聞いて僕は違うと思った。本来喚ばれたのは僕でもスイでもなく、神楽君だけだったのだ。
この世界の救世主である勇者は神楽君だ。
巻き込まれたのは、僕とスイの方だ。
しかし、その事実を僕は口に出さなかった。出したところで神楽君は何処かに消えてしまったのだから、もはやどうすることも出来ない。それに口に出した瞬間、僕は本当にこの世界において価値のない存在へと成り果ててしまう気がして、それを自ら認める行為のように思えたからだ。
それから、僕の努力と魔導師様の尽力の甲斐もあって、僕はこの世界に馴染むことができた。
このままでも別にいい。そう思った時も確かにあった。だが、心の奥では常にこの世界に来た意味を見出だしたかった。
僕はこの世界が愛おしく感じているが、僕の存在意義を見出だせないこの世界が憎く嫌いだった。