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地上に出ると術者様と神官とスイが出迎えてくれた。神官はヤマトのボロボロの様子を見て直ぐに治療を行うからと医療室へと連れていく。
「お帰りなさい。」
スイは泣き腫らしたような目で俺にそう言った。
「ただいま。」
そう返すと複雑そうな顔で笑った。
「ニゲラがシヴァ神を倒してくれたお陰で全て思い出したよ。」
全てを思い出す?俺は意味が分からなかったが、そうかとだけ返事をした。
「ヤマトが回復したら全て話すよ。二人には知る権利があるから。」
話がわからないが、とりあえずは了承する。俺も疲れた。術者は俺を奥の間へと案内してくれた。俺は直ぐに横になり眠った。目覚めた時には朝になっていて、昨日の出来事が夢だったのではないかと感じる。だが、全身の筋肉痛が現実だと物語っていた。
「起きた?」
そう声をかけたのはヤマトだった。またこいつは人の部屋に勝手に入ってきて…。そう思ったが、目の下に隈が出来ているヤマトの様子を見て文句を言うのをやめた。まだ全快ではない様子でぐったりしている。
「もう休んでなくていいのか?」
俺の問いにヤマトはこくりと頷いた。野菜スープといった簡単なご飯をとった後、俺はヤマトと共に王の間へと向かう。筋肉痛の体には長い階段はきつかったが、俺以上にヤマトの方が辛いだろう。階段を昇りきるとヤマトはふーっと息を整えた。後から知ったのだが、ヤマトは2日間、俺は3日間も眠り続けていたらしい。どうやら気づかなかっただけで、シヴァ神討伐で俺たちはかなり体力を消耗していたようだ。
王の間にはカルバルをはじめとした革命軍たちが揃っていた。
「役者が揃ったな。」
上座の椅子に堂々と座っているカルバルが満足そうに告げた。その姿は自信に溢れていたが、何故かとても滑稽に見えた。
「私は王だ。頭が高いぞ。ニゲラ、ヤマト。」
本当に滑稽だ。 俺たちは顔を見合わせた。
「俺たちがお前に頭を下げる理由はあるのか?俺とあんたの関係は革命軍の同志であんたの部下じゃない。ヤマトに関してはあんたがこの場にいるための立役者だろ?何より、俺たちは異世界人だ。」
周りがざわめく。
「ニゲラ!分をわきまえろ!カルバル様は王になられたんだぞ!」
カルが怒鳴り付ける。
「王?誰がカルバルを王だと認めた?この世界の神がか?それともこの国の民衆全員がか?」
カルが顔を真っ赤にして再び、ニゲラと怒鳴り付けてくる。
「構わんカル。ニゲラはまだ状況が理解できていないのだ。神はお前たちが殺したのだろ?もうこの世界に神など存在しない。なら、この世界を新たに統べるのは王だ。私こそ真の王なのだ。」
よく今までその野望を隠してこれたものだ。信じたくはなかったが、これがカルバルの本性なのだろう。本当の名を呼び合うことが叶わない民衆を解放するとは建前で、本当は王になりたくて王族を殺した。
改めて同志であった革命軍たちを見回す。よくよく見ると周囲は不満があるのか感情の読めない表情をしているし、カルの様に心酔しきっている連中は稀だ。なら何故、他の連中は黙ってカルバルに従っているのだろうか。
「それよりも僕たちをここに迎え入れたのは用件は?」
ヤマトが呆れたように尋ねた。
「此度の働き、ご苦労であった。褒美をやろうと思ってな。」
「褒美?」
「そうだ。お前ら二人には望むものをやろう。将軍の座か?それとも王の補佐官か?宝石でも土地でも構わない。」
俺も呆れてしまった。会話が噛み合っている気がしない。そもそも何故カルバルの呼び出しにヤマトは応じたのか。
「貴方はこの世界がどうやって成り立っているのかご存じですか?」
ヤマトは穏やかそうに尋ねた。
「知っている。それが何だ。」
「いいや、分かっていない。分かっているのなら、この世界に神がもういないなど言うはずがない。この世界は神の力で成り立っているのです。シヴァ神は確かに死にましたが、まだこの世界が形を保っているということは、新しい神がすでに降臨しているということです。」
「何が言いたい。」
「貴方は1番偉大な存在ではない。」
カルバルは顔を真っ赤にして自身の腰にあった刀をこちらに投げつけた。
それを俺は難なくキャッチする。
「自身が王だと言うのに引きずり下ろした王族の力を使って仲間を縛り付けるということは自分はお飾りの王だと言っているようなものです。」
「口を慎め!」
カルがまた怒鳴り付けてくる。
「自身の一族を殺して、影の権力者になった気分はどうだい?」
ヤマトの言葉でカルが黙る。
「まさか、カルは王族なのか?」
「そうだよ。なくなった王と下女との間の子供だから認知されていなかったけどね。」
カルは歯を食い縛りながらヤマトを睨み付ける。
「僕の母は僕を懐妊したと王にバレて僕がまだお腹に居たときに殺された。でも僕は奇跡的に助かったんだ。母が命を懸けて守ってくれた。死んだ母のお腹から取り出されたばかりの僕をカルバル様が助けてくれたんだ。僕の家族はカルバル様だ!僕は王族の血を引き継いではいるが、王族なんかじゃない。あいつらは僕の母を殺した敵でしかない!」
まぁもう死んだけど。そうカルは不敵な笑みを見せた。
「利用するためだろ。そんなの家族じゃない。」
「利用じゃない!家族だから助け合うんだ!!そもそもニゲラ、お前もカルバル様に命を救われた分際なのに何故、恩を仇で返すような態度をとる?カルバル様がいなければお前はとっくの昔に死んでいたのに。」
赤子の時から洗脳されているからカルに何を言っても受け入れはしないだろう。カルは本当の親の愛情を知らない。もし俺も家族の愛情を実感していなかったら、カルの様に洗脳されていたのだろうか。そう思うとカルが哀れに思えてきた。
「ニゲラ、お前のことも家族だと思ってた。カルバル様がお前を大切にしていたから。でもお前は…。」
「俺たちは家族じゃない。俺たちは同志だった。愛情をはき違えるな。家族なら、命の危険にさらしたりしない。」
カルは怒りというよりも悲しそうに顔を歪めた。俺もカルバルとカルを含む革命軍に情がまったくなかったわけではない。特にカルは俺を慕っていたことは一緒にいて分かっていた。カルバルに買い取られ、連れてこられたばかりで言葉も分からない俺を馬鹿にすることもなく接してくれた。共に学び、共に厳しい訓練を受け、共に食事をし笑いあった日々を俺は忘れたりなどしない。だからこそ、今のこの状況がとても悲しい。今までの日々が全て間違いだったのだと言われている気がした。
信じたかった。利用されているとは気付いていたが、魔導師様が言っていたカルバル像は嘘であって欲しかった。
「ヤマト、お前は俺にこれを見せたかったのか?」
ヤマトは俺の問いにこくりと頷いて返事をした。穏やかそうな笑みを浮かべて。