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◇◇◇


破壊神が世界の神になってから、世界が崩壊し始めた。

徐々に失われていく種族と土地を彼らは傍観することしかできない。

この世界の神をこの世界の住民が倒すことなどできはしない。倒すどころか傷1つつけることさえ叶わない。ただ、受け入れるしかなかった。

彼はワタリドリになりたかった。

世界を救うことが出来ないのならば、別の次元、別の世界へと飛んでいけるワタリドリに。

例えワタリドリになれなかったとしてもワタリドリに連れていって欲しかった。ここではない別の場所へ。



◆◆◆


渡されたジャケットからは、お日様の匂いがした。昨日しっかりと洗って、陽当たりの良いところに干していたのだから当然だ。これから俺がほぼ毎日着ることになるであろうこのジャケットに袖を通してみると、ずしりと気が重くなった。


「二ゲラ、期待してるよ」


拍車をかけるように2つ年下の少年、カルはまだあどけなさの残る顔でにこりと笑いかけてくれた。

色白の肌にぼんやりとソバカスが浮き出ている。くるくると毛先が巻かれた赤毛。まるで絵に描いたような外国の少年だ。人懐っこくあどけない少年そのものの風貌は、どこか不自然に思えた。実際カルはまだ14歳だから何も間違ってはいないのだが…。

俺はカルに見送られながら、汽車に乗り込んだ。ぶぉーっと大きな音を出すとガタガタと汽車は進み始める。カルは見えなくなるまでずっと見送ってくれた。


「期待なんかしなくていいのに。」


カルが見えなくなってからぼそりと呟く。俺はこれから王都で軍人として働く。王とこの国の民のためにこの身を捧げることを義務とする軍人に。


「2番地の八百屋の主人、捕まったらしいな。」


斜め前に座っている中年の男2人の会話が聴こえる。


「当たり前だろ。2番地で魚も売っちまったんだから。仕立て屋、お前も気を付けろよ。こないだ、針子の娘にハンカチやってたろ?」


「ばーか。あれはプレゼントだから、売り物じゃねぇよ。もしハンカチなんて売っちまったら、違反になっちまうことぐらい分かるわ。」


この世界では、相手を名前で呼ぶという習慣はない。

名前で人を縛りつける魔法があるからだ。だから、自分の名前を知られることは命取りになる。名前を知られた瞬間、自身の生命は相手の掌に乗せられることを意味していると考えられていた。

後ろの席には、まだ年端も行かない少女がボロボロの布切れを着せられ、宝石で身を固めた太った男の横に立たされている。その表情は何の感情も感じさせない無であった。これが名を知られた者の末路である。この少女は自身の名を知っているこの男が死なない限り、一生奴隷として生きていかなくてはならないのだ。

俺が汽車に乗ってから数時間後、終点に停まった。

斜め前に座っていた中年の男2人はとっくに降りていて、後ろの席の男と少女も降りる仕度をしている。

王都に辿り着いた。切符を駅員に手渡し、外に出ると、さすが王都。街並みが華やかで人々もどこか都会染みている。目的の城は、まるでおとぎ話に出てきそうなぐらい美しく大きい。


「若い軍人さん!登城前に一杯どう?」


元気な女将が声をかけてきた。俺はにこりと微笑んだだけで、そのまま通り過ぎていく。青い空に白い雲。平凡な表現だが、それ以外に表しようがないぐらい天気は平和だった。風船が空に浮かぶ。赤い色がよく映えていた。


「今日から出兵する2020934です」


城門前の騎士にそう挨拶すると、入れと短く命令された。これから王に謁見する予定らしい。城の入口直前に小さな丸い石が飾られていた。その石に向かって名を名乗らないと城に入れない。俺は小さな声でニゲラだと石に向かって名乗った。すると石が青く光り、少し離れたところにいた騎士が扉を開ける。扉の先には横に広く終わりが見えない階段が広がっていた。

「ついてこい。」

扉を開けてくれた騎士に代わり、俺と同じ軍服に身を包んだ男が前を歩いて、長く無駄に広い階段をせっせと登っていく。そんな俺を嘲笑うかのように人車が横切る。何ちゃら大臣が乗っているらしい。前を歩く先輩軍人は額の汗を拭き取っている。その様子を見ているといかに人車をしている者たちが偉大かがよく分かった。

前の方から、階段を登る人がほとんどの中、降りてくる者がいた。この世界には珍しく、和装のような格好をしている。着物に袴だろうか。左の腰には日本刀のような立派な剣を携えていた。前を歩く先輩軍人が立ち止まり深く頭を下げた。俺もそれに倣うように頭を下げる。長い髪を1つにくくった若い男。時代劇に出てきそうなその姿をこの世界で俺は初めて見た。その男が俺を横切るとき、もう1人居たことに気付いた。小さい足。子供だろうか。それなら男が壁になって気づかないわけだ。

興味本意でちらりと目線をあげ、俺は言葉を失った。その子供の服装は、俺がこの世界に来る前に通っていた学校の制服だったから。



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