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近藤美奈子の不機嫌

そして月曜日。

日本全国月曜日。

昨日一昨日と連休であった者たちが憂鬱になる月曜日。


教室に入り仲の良い三人組に声をかけて、自分の席に着く。

教科書やノートを机に入れていると、ソソソ……という感じで斎藤結子さんが近づいてきた。

今日は僕から声をかけよう。


そう考えていたのを思い出した。

だけどやっぱり、「おはよう、柏木くん」と彼女からの挨拶。

「おはよう、斎藤さん」と僕も返す。


あれ? 教室の中ではあまり言葉を交わさないんだけど、どうしたんだろ?

見上げると斎藤さん、なにか言いたそうな、言いにくそうな感じでモジモジしている。

キリッとした彼女のイメージからは、ちょっと考え難い。


どうしたの? と水を向けてみる。

すると小さな声で、「間違ってたらゴメンね」と前置き。


「あの、柏木くんが急に痩せたり、すごいジャンプ力だったりするのって、融合超人ジャスティスが関係してるのかな?」


ビクッ!

……どうする? 嘘をつく? とぼける?

なんて言い繕う? 頭の中で逃げの思考がグルグル。


だけど同時に、バレた!? なんでどうして!? という考えも同時進行。

こんな状態で考えがまとまる訳がない。

すると斎藤さん、

「あ、答え難かったら答えなくていいよ。ゴメンね、変なこと訊いて。……ただ、私とヨッシーと萩ちゃん……いたんだ、土曜日の遊園地。女の子三人だけで……あ、二人は素敵な出合い目的だけど、私は人数合わせで、ね」


そうか、斎藤さん……あそこにいたんだ。


「そしたら怪人が現れて、私たちをどこかに連れ去ろうとして、そこに柏木くんに背格好が似たヒーローが現れて、悪いやつらをバッタバタなぎ倒して」


まあ、正義のヒーローなんて、ふつうはこんなちんちくりんじゃないしね。


「もしも柏木くんがジャスティスだったら、すっごく格好よかったよ? ……じゃなくって、お礼を言いたくて」


「もしも僕がジャスティスだったら、こう言うかな? ……礼には及ばないよ、お嬢さん。それがヒーローの掟さ」


昭和のヒーローみたいに椅子に片足を乗せて、キメキメ顔でニヒルに告げる。

ブッ! クールな斎藤さんが吹き出した。

真っ赤になった顔を両手で隠している。


声に出さないように笑っている姿が、なんとも可愛らしい。

ついには机に突っ伏してしまった。


「ごっ……ごめっ……ごめんなさい、柏木くん……っ!」


「笑えばいい、笑えばいい……それでこそ僕も報われるというものだから……」


笑い声を動作に変換しているのか、斎藤さんは顔を伏せたまま学生鞄をペシペシ叩き、ようやくツボ地獄から這い上がってきた。


「そうだよね、面と向かって『柏木くんが融合超人ジャスティスなの?』って訊いても、答えようが無いよね?」


目に浮かんだ涙を拭いながら、まだアハアハと笑っている。

だけど僕の事情は察してくれているようだ。

斎藤さんなら信頼できそうな気がする。


もちろん井上くんたちも事情を説明すれば理解はしてくれると思う。

だけどやっぱり、自分で気付いていない彼らに「実は僕、融合超人ジャスティスなんだ」などとわざわざ名乗る必要は無い。

斎藤さんは井上くんたちと違い、自分でジャスティスの正体にたどり着いたのだ。

しかしそうなると、気になる点が出てくる。


「だけど斎藤さん、どうして融合超人ジャスティスの正体が僕だなんて思ったの?」


「背格好が似てるっていうか、全体のバランスとか手足の比率とか、歩く姿とか? 柏木くんになんだかよく似てたからね」


うん、それは遠回しに僕の脚が短いと、そう仰るんですね? わかります。

わからないのは歩く姿という点だ。

そんなにクセのある歩き方してるかな?


「ううん、それはいわゆる空見ってやつだね。ジャスティスが動き出そうとする動作に、柏木くんが妙に重なったっていうか。……もしそうなら、気をつけてね? 正体がバレないようにしてるんでしょ?」


「善処します」


そう答えると、斎藤さんはニマッと笑って僕にデコピン。


「コラ、こんな簡単な誘導尋問に引っかからないの♪」


しまった、これじゃあ僕がジャスティスだって告白してるようなもんじゃないか!

おのれ、これが孔明の策かっ!

だけど斎藤さんはニコニコ、なんだか嬉しそう。


「大丈夫、誰にも言わないから。ヨッシーや萩ちゃんも気付いてないし。それに、お礼も言わないからね?」


「は、はあ……」


「だってお礼を言っても……ヒーローの掟が……」


斎藤さんを笑いのツボが再び襲う。


「大丈夫……大丈夫……今度は……持ちこたえた!」


「いや、笑いたければ笑うといいよ、斎藤さん」


「クールな印象は大事にしておくべきだって、ヨッシーたちが言うから」


「確かに、斎藤さんがお笑い番組見て腹を抱えてる姿は想像しにくい……」


「そうだろ? マイハニー……」


今度は斎藤さんがキメ顔。だけでなく、「おっと、私は右45度の角度に自信があるんだ」とかホザいている。

お笑い好きな人間にとってこんな時ののご褒美は、1にツッコミ、2に笑い。

ということで僕は、「自分で言うかね、キミィ!」とツッコんであげた。


そんな僕たちのそばで、咳払い。

顔を上げると、汚物でも見下すような冷たい眼差し。

ダイヤモンドよりも硬く強張った表情。


「あらお二人さん、最近随分と仲がよろしいようで」


近藤美奈子だった。


「悪いけど通路で顔を突き合わせていると通れないんだけど、開けてくれるかしら?」


すごくトゲのある言い方。

まあ、学年トップクラスの可愛らしさで僕なんかに粉かけて、それで袖にされてるだけでも腹立たしいだろうに。

自分に見向きもしなかった男が他の女の子と仲良くしていたら、そりゃあ心穏やかではいられないだろう。


僕たちはパッと離れてポニーテールの後ろ姿を見送った。


「そういえば、柏木くん……近藤さんとは幼馴染だとか……」


「それは口止めされてるからね。答えられないなぁ」


「仕方ない、また誘導尋問で……」


「やめなさい!」


これも斎藤さんのボケだったんだろう。

僕はすかさずツッコんだ。

ということで近藤美奈子、僕と斎藤さんの最近の仲の良さはあまりお気に召さないようだ。


近藤美奈子とは、ほぼ家族ぐるみのお付き合い。

彼女自身は僕を無視してるけど、互いの両親は仲がいい。

なにしろこちらの親はしがないサラリーマン、あちらは製薬会社の部長さま。


接点がまったく無いご近所さんで、仕事上のしがらみがまったく無いので気楽に付き合えるみたいだ。

父親同士釣りが趣味なのだけれども、あちらは接待接待でなにかと言うと殿さま扱いされて、とにかく気を揉むしかないそうで。

そんな接待に飽き飽きしたときには、ウチの父親と肩の凝らない海釣りなんかに出かけて、お互いボウズのツンツルテンで帰って来るのが楽しいらしい。


まあ、ウチの父親が言うには、あまり偉くなると趣味も仕事になってしまうとかで、世のお父さん方は大変なようだ。

さすがに互いの家のホームパーティーへ呼んだり呼ばれたり、ということは無いから僕たちの疎遠な仲というのは親に知られてはいないけど、知られたとしても『反抗期』というような一言で済ませるつもりだろう。

まあ、この辺りは僕が気にするものじゃない。


近藤美奈子が自宅で『イイ子』を演じたければ演じればいいだけの話でしかない。

もしも僕があちらのご両親に「最近娘とはどうかね?」などと訊かれれば、「同じクラスで仲良くさせてもらってます」とソツの無い返答をするだけだ。

もしも近藤美奈子がウチの親に同じことを訊かたら、なんと答えるつもりなのか?


あの様子では、そこまで考えが至っていないかもしれない。

そんなことも僕が気を揉む話じゃない。

僕が彼女を振った形にはなってるけれど、それで冷淡な態度に出てくるのだから僕が彼女にしてやれることは何も無いんだ。


「だけど柏木くん、あのダークネスとかいう組織って、どうなの?」


「その辺りは僕もまったくわからないんだ。もしも言えることがあるなら、はた迷惑な集団ってことだろうね」


「ジャスティスの活躍が動画サイトにアップされてるから、同じようにダークネスも世間の注目を集めてるんだよね……」


「できればみなさんには、ダークネスに注目してもらいたいよ……」


なんだかもう、斎藤さんが僕の正体に気づいていること前提で会話が進んでいる。

これ以上彼女を事件に巻き込みたくは無いんだけど、悪い予感しかしないのは気を揉みすぎだろうか?

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