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事件の後にささやかな変化

家に帰って来て自転車を倉庫にしまう。

部屋に上がってベッドにうつ伏せ、スマホニュースを確認した。

ダム占拠事件の解決は速報が上がっている。


どうやら地元警察署の突入により事件が解決した、ということになっているらしい。

人質にとられていたダム職員もすべて無事保護。

融合超人ジャスティスに関する情報は一切出て来なかった。


そして犯人はすべて自害という処置。

おそらく窓から放り出した戦闘員が泡となって消えたのを見て、ブル将軍一味も泡となって消えたと察したのだろう。

とまあ、これはヒーローの見解。


どうやら日本警察の体質というのは、ジャスティス星の宇宙警察官の方が理解できるものらしい。

そして謎の怪人「融合超人ジャスティス」なる者に対する捜査も始まっているに違いない、と教えてくれた。


「大丈夫かな、ヒーロー? 僕の正体バレたりしない?」


「まず悪の組織ダークネスについて、日本警察は何も掴んでいない。そしてこれから先も、何も掴めないだろう。そうなると融合超人についても何ひとつ掴むことはできない。心配はいらないさ」


融合超人ジャスティスに対して、日本警察はいくつかの嫌疑をかけることができるとヒーローは言う。

ひとつは怪人や戦闘員を泡に変えてしまった殺人罪。

あるいは泡に変えることによって証拠隠滅を図るなどの行為。


もっと簡単に言うならば正義の味方を名乗り現場に無断で踏み込んだ、公務執行妨害などなど。

しかしそれらはジャスティスも怪人も戦闘員も、国籍を持つ「人間」であることが前提だ。

もちろん戦闘員や怪人は元が人間である。


しかしどこの誰、という個人が特定できなくては、殺人罪は成立しない。

というか、地球科学の手の届かぬ超科学を持つフーマン博士の薬物人間を、警察が証明することは不可能なのだそうだ。


「というかカズヤ、注射一本で人間がブル将軍に変化するなんて、証明できるかい?」


「無理だね」


「そう、実はジャスティス星の科学力をもってしても、地球の素材でどうやってそんな薬品を製造したのか? それは分からないんだ」


「迷惑な天才だね」


「まったくその通り。フーマン博士はこれまでの罪状と逃亡の罪で逮捕はできるけど、地球での犯罪行為を立証するにはそれなりに時間が必要なんだ」


とりあえず、目立つようなことさえしなければ、僕の生活は安泰らしい。


「カズヤはカズヤの学生生活を、大いにエンジョイしてくれてかまわないよ」


ヒーローはそう言ってくれた。


そして、月曜日。

日本全国老いも若きも、誰もが憂鬱に迎えるこの日。

僕の学生生活に小さな変化が訪れた。


「おはよー……」


陰キャ特有、あまりハッキリとはしない朝の挨拶で教室に入る。


「うぃ〜〜……」


「おは〜〜……」


「お〜〜っす……」


仲の良い井上くん、岩崎くん、佐藤くんからの返事。

軽く週末のテレビやネットゲームでの出来事を報告し合って、それから席に着く。

すると御存知、野球部の金子くんも、すぐそばの席に着いた。


「おはよう、柏木くん!」


「あ、お……おはよう……」


あまりに唐突、あまりに大きな声に、僕も気後れしてしまう。


「この間は本当にありがとうな! 改めてお礼を言うよ!」


声が大きい。

周りにいた陽キャ族たちが、何事かと興味を示してしまった。

その陽キャの群れに対して、金子くんは事の次第を大きな声で説明してくれる。


「ということでな、柏木くんは姪っ子の命の恩人なんだ!」


「へぇ、すごいじゃないかカッシー!」


「格好良すぎじゃないのか?」


「やるもんだなぁ!」


体育会系特有の大きな声が僕を包む。

ホメられたり感心されているのに、どうにもこう居心地が悪い。

果ては「己の身を省みず、危険に飛び込む勇敢な男」とまで祭り上げられてしまった。


そんなことされたら、これから先勇敢な男として振る舞わなきゃならないじゃないか。

まったく、称号だの通り名だのと言う奴は、本当に迷惑でしかない。

もちろん僕だって、そんな称号を冠されることを妄想しなかった訳じゃない。


だけど実際には、なんともこう……お尻のほっぺたでジリジリと逃げ出したくなる居心地の悪さでしかない。

人から持ち上げられるというのは、それに慣れていなかったら分不相応でしかないんだ。

で……これで終わりだと思うなよ?


人生とか運命とかを司る神さまは、僕を指差してそう言った。

お昼休み、昼食を済ませてのんきにアニメの話題に花咲かせていた僕たちの前に、声さえかけにくいような美人が近づいてきた。

斎藤さん、斎藤結子さんだ。


目の端でそのスラリとした姿を、こちらへ一直線に歩いてくる姿を見て取ったとき、なんとなく嫌な予感がしたんだ。

斎藤さん、僕たちのそばに立つ。

みんなはそれに気付いているみたいだけど、僕だけは気づかない振り。


だけど「柏木くん……」などと御指名を受ければ、「はい」とそちらを見るしか無い。

背も高いし、大人びた顔立ち。

そしてどこか思い詰めたような表情は、美人と言われるに相応しい容貌をさらに美人へと引き立てていた。


「柏木くん、ちょっといいかな?」


「は、はい!」


「みんなゴメンね、柏木くんちょっと借りるね」


ちょっと同級生とは思いにくい大人っぽい斎藤さん。

井上くんたちに気遣いするところが、僕からするとやっぱり大人だ。

斎藤さんの後ろをついて歩く。


視線のずっと上には、彼女の艶を放つ黒髪。

見ているだけで心を奪われてしまう黒髪だ。

……いかんいかん、鼻の下を伸ばしてないだろうね、僕。


まるで女騎士のように背筋を伸ばして颯爽と歩く後ろ姿。

正直に言って、かなり格好いい。

街を歩いたら、さぞかしナンパな男たちに声をかけられるんだろうな。


そんなことを考えていたら、図書室へ。

近藤美奈子との一件があって以来、僕にとってはなんとなく避けたいスポットに指定されている。

その奥まで、ズズズイッと斎藤さんは進んでいった。

そして図書室の隅、本当に誰も来ないようなロシア文学の棚の前で、クルリと僕に向き直る。


「柏木くん、先日は妹を助けてくれて、本当にありがとう御座いました」


すごく律儀に、誠意あふれる感謝の言葉だった。

というか、ブル将軍の一件があったから、正直意識の外になってしまっていた。

あ、そうだ。

僕は斎藤さんの妹も助けたんだっけ?


「でも柏木くんって、すっごく身軽なんだね?」


あ、そうそう。確かそんな助け方したんだっけ?

これはちょっと口止めが必要だね。

僕は口の前で人差し指を立てて「シッ」と警告。


「あの、斎藤さん? 実はあの身の軽さ、あんまり人に知られたくないんだ。だから内緒にしてくれる?」


「はい、実は私もあまりの身軽さに、誰にも信じてもらえなさそうだから、誰にも言ってないんです」


お互いに小さな声で。

静かな図書室の片隅で交わされる、内緒の約束。


「よかった。いろいろと事情があってね」


「私も、誰にも言わないでよかった……」


胸を撫で下ろす仕草が、年齢相応の女の子みたいで、なんだか可愛らしい。


「ひょっとして、急に痩せたことと関係してる?」


「うん、いろいろとね……」


「そっか……前のプクプクした柏木くんも可愛かったのにな……」


「え?」


「いや、今は格好いいよ? ってなにいってるの、私!」


なんだか斎藤さん、一人で混乱。

顔を赤くしたり、その頬を両手で押さえたり。

なんだ、大人っぽいと勝手に思っていたけど、中味は僕たちと同じ世代の女の子じゃないか。


「と、と、とにかく! ありがとうね、柏木くん!」


困ったような笑顔を見せて、彼女は手を振り走り去った。

それで司書役の上級生にちょっと叱られる。

いままで近寄りにくかった斎藤さんだったけど、急に親しみを感じてしまう。

案外楽しい人なのかも。


そんな風に思っていると、昼休み終了のチャイムが鳴った。


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