初陣
そして遂に、事態が動き出した。
ダムが謎の怪物を始めとした集団に占領されたのだ。
律儀にも土曜日未明、ゴールデンウイーク明け最初の週末の出来事であった。
職員の少ないダムに押し入った集団は「ダークネス」を名乗り、負傷した職員を人質にし、関係省庁並びにマスコミ各社へ犯行声明文を送りつけていた。
さらには動画配信……僕も情報の確認をここで行った……ここで犯人たちはその姿をさらしている。
現場を仕切っているのは犬のような顔をした怪物であった。
いや、二足歩行をしているので、怪人と呼んだ方がいいかもしれない。
怪人は自らをブル将軍と名乗っている。
まさしくブルドッグのように獰猛な面相、そして鎧から晒した肩や腕の筋肉が盛り上がっていた。
見るからに強そうな印象だ。
「我々は天才科学者フーマン博士を崇める集団ダークネス! 本日この瞬間よりこの国、そして世界を征服することを宣言する!」
ブル将軍の演説だ。
「おのれ、フーマン博士!」
ヒーローの歯ぎしりが聞こえて来そうだった。
「知り合い?」
返答は決まりきっていたけど、一応確認のため。
「あぁ、私が護送中に取り逃がした、凶悪犯だ」
やっぱり。
そうなるとこれは僕たち……というかヒーローをおびき寄せるための陽動?
「かもしれないな」
「そうなるとヒーロー、敵のフーマン博士っていうのはヒーローの居所を掴んでいないってことになるね」
「だからといって行かない理由にはならない。このままではこの国はフーマン博士に屈することになる。そうなれば私は、きっとあぶり出されるように発見されるだろう。……それに何よりも」
「正義の血がゆるさない!」
「その通りだ、カズヤ」
「行こうか、ヒーロー!」
「いいのかい、危険だぞ?」
「ヒーローの影響かな、僕も最近では悪を許せなくなってきたんだ」
すでにパーカーを羽織って、自転車にまたがっている。
ダムは北の方角だ。
とりあえず人目の無い場所までは自転車を漕がなきゃならない。
マウンテンバイクスタイルの自転車だけど、ヒーローの補佐のおかげで車道を走っても自動車の邪魔にならない速度で走ることができた。
住宅街を抜けると、畑や田んぼが増えてくる。
こんな郊外に来たのは小学校の遠足以来だろうか?
そしてついに、前を見ても後ろを確認しても自動車は見当たらなくなる。
自動車を飛び降りて押しながら走る。
超人能力が発動しているので速度はまったく落ちていない。
歩道に乗り上げ、自転車を用水路へくだる芝の斜面に寝かせた。
「変身!」
走りながら叫ぶ。
一瞬で僕の服装が変わった。
青を基調としたボディースーツ、薄く色の入ったゴーグル、そして顔の下半分を覆うマスク。
正義の味方カラーが一目でわかる。
正しく変身ヒーローそのものの姿見だ。
「よし、カズヤ! ダムまで飛ぶぞ!」
そういえば僕は飛行訓練はしていなかった。
目立つようなことは避けていたからだ。
心配ない、とヒーローは言う。
「身体が持ち上げられるイメージと、背中を押されるようなイメージだ!」
強風に押される記憶を呼び起こし、身体をフワリと浮かせる。
そして波のような大きな力に押されるイメージで、僕の身体は前進した。
ヒーローのように主人公へ憑依した、異星人のスーパーヒーローが飛行するように、僕は両手脚をピンと伸ばす。
「素晴らしい飛行姿勢だ。空を飛んだことのない星の民とは思えないぞ、カズヤ!」
「空を飛べない民だから、空想で空を飛ぶことを生み出すのさ」
あまり目立ちたくもないので、僕は山の樹木ギリギリを飛行した。
おかげで風圧による樹木の被害が少し出る。
「もう少しだけ高度を上げてはどうかね?」
「そうだね、どうせ誰も見ていないんだ」
もう少し高度を上げて、僕は盛大にトバした。
おかげであっさりと事件現場に到着。
現場はパトカーで押し合いへし合い、赤色灯が派手にきらめいている。
ダムの管理棟は、お巡りさんたちによって完全に包囲されていた。
スピーカーによる投降の呼びかけもされている。
だけど、それ以上は近づけない。
ブル将軍の怪光線が、警官隊の接近を許さないのだ。そんな蜂の巣を突っついたような中へ、僕は飛び込んでゆく。
警官隊とブル将軍の占拠する管理棟の中間に着地した。
途端にブル将軍からの怪光線や光弾の洗礼。
右に左に必死でよける。
警官隊の陣営からは、「誰だキミは!? どこから入った! 危険だから避難しなさい!」などとスピーカーの声が届いてくる。
誰だと訊かれて名乗りたいのは山々なんだけど、なにしろブル将軍の攻撃を受けている最中だ。
返事なんかしている暇はない。
だけど名乗っておかないと、警官隊にも撃たれてしまいかねない。
簡単に言うと、僕は事件に首を突っ込んできた不審者でしかないからだ。
しかも服装のトンチキぶりは、ブル将軍とドッコイなのである。
いかにヒーローカラー、正義の味方色のカラーリングでも、不審者は不審者でしかない。
とりあえずジャンプ一番。
空中で身をひねり華麗に管理棟の屋根に着地。
ここには敵の戦闘員もいない。
ようやく名乗りのお時間だ。
「私の名は融合超人ジャスティス! 悪の組織ダークネスの野望を打ち砕く、正義のヒーローだ!」
特撮ヒーロー番組ならば、右の煽り左の煽り、そして横から正面からとたっぷりヒーローの立ち姿をズギャーン! ズギャーン! ズギャーン! と見せる場面だ。
しかし味方であるはずの警官隊の反応は……。
「……………………」
あ、やべえ。ドン引きしてるよ。
おまけに僕の味方であるヒーローでさえ、「そのネーミングは、キミのセンスかい、カズヤ?」なんて笑いを噛み殺している。
いいんだ、ヒーローというものは孤独なものなのだ。
仕方ない。
今の僕には信用が無いのだから。
信用を生むには行動しかない、実績しかないんだ。
またもやジャンプ、前方宙返りをふたつ決めてから、飛行体勢に入る。
そして亜音速まで一気に加速、管理棟へ飛び込んだ。
これにはダークネスの一味も対応しきれない。
いや、さすがブル将軍。
「撃つな! 同士討ちになるぞ!」となかなか冷静である。
全身黒ずくめの戦闘員たちは、光線銃を腰の後ろに引っ掛け、代わりに剣のようなものを抜き放った。
だが、遅い!
僕は鋭い踏み込みで戦闘員の胸ぐらを掴み、他の戦闘員へと投げつける。
ガタイのよろしい屈強な戦闘員が、クッションのように軽く感じられた。
そこからはもう、快刀乱麻の大活躍。
まさしく群がる敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げというやつだった。
戦闘員たちはあふれるほど部屋を埋め尽くしていたのに、僕の足元の邪魔にはならなかった。
本当なら失神身体で足の踏み場もない状況のはずだ。
「そこがフーマン博士の汚い遣り口さ」
ヒーローは苦々しく言う。
「見ろ、カズヤ」
僕の左フックで倒れた戦闘員に目をやる。
戦闘不能となった悪の手先は、一瞬で泡になり消滅した。
「戦闘不能となった者は逮捕、取り調べを受けぬように消滅させてしまうのさ」
「え? この戦闘員たちって逮捕できるの?」
「できる! ブル将軍とて、この星の法律で裁くことができる! ……何故なら彼らは、この国の人間だからだ!」
「なんだって!?」
「フーマン博士は彼の発明したメタモルオーガという薬品で、誘拐した人間を戦闘員や怪物へと変身させて手下にしているのさ!」
「その薬品を投与された人間は?」
「元に戻すことは、私たちジャスティス星の科学力をもってしても不可能だった。……何故なら彼らは、すでに人間ではなくなっていたからだ!」
「なんて酷いことを……許さないぞ、ダークネス!」
ブル将軍と一対一。
俗に言うサシの勝負となった。
グワッと唸ってブル将軍の兇器杖が振り下ろされる。
僕のフットワークによって、ブル将軍の攻撃はハズレ。
床に大きな穴を開ける。
パワーは物凄い。
だけど、スピードに欠ける。
ブル将軍を中心に、僕は反時計回り。
ガラ空きになった顔面に、左フックを叩き込んだ。
しかし、頑丈だ。
顔面が弾け飛んだりしない。
こんなタフな相手に、どう闘えばいいんだ!?
「カズヤ、チンの急所を狙え! コツコツとダメージを蓄積させるんだ!」
スピードではこちらが上。
僕はガラ空きの顎先、胃袋、効きそうなポイントにパンチを打ち込んで回った。
グウと唸って、ブル将軍は頭を振った。
いいぞ、弱ってきている。
ヒーローも僕の頭の中で叫んだ!
「よし、カズヤ! ジャスティス・ショットだ!」
なんだそりゃ? と訊くまでもなく、右の拳が熱を帯びたように、腫れ上がるような感覚で満ちた。
恐ろしいほどのエネルギーが、右手に集中しているんだ。
教えられるでなし、僕はもう何度もその練習をしてきたかのように、右手のエネルギーを放った。
右手から光弾が放たれ、ブル将軍の胸に突き刺さる。
肺から絞り出すような呻きをもらすブル将軍。
「フーマン博士……万歳……」と最後の言葉を残すと、泡になって消えた。
階段を駆け上がってくる足音。乱暴にドアが開かれ、警官隊が突入してきた。
「動くな!」とお決まりのセリフ。
手に手に構えられた拳銃は、僕に向けられている。
だけど僕は冷静に対処する。
「悪の手先は滅びました。しかしいつまたダークネスの魔の手が忍び寄るかわかりません。そのときは私を呼んでください、いつでも駆けつけます!」
そしてロケットのような加速で窓から飛び出した。
誤字脱字だらけではありますが総合評価ポイントありがとうございました。作者励みになります。