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小活躍、ふたつ。

「真由美ーーっ!」


背後から悲鳴のような声。

それに応じるように僕の腕の中からジタバタと。

抜け出て駆け出す女の子。


「ママ~ーっ!」


ひしっと抱き合う母娘。

そこに駆け寄るごぶがりの大柄な少年。

って、あれは野球部の金子くんかい?


「あ、柏木! お前が姪を助けてくれたのか!?」


野球部といえば陽キャ中の陽キャ。

僕のような陰キャなんかに借りを作るのはイヤだろうに。

とか思っていたら、「ありがとう、柏木!」なんて深々と頭を下げる。


まるで陰キャなんていう概念すら無いみたいに。


「お前は姪の命の恩人だ!」


いや、野球部。

声が大きい、恥ずかしいから。

それでもまた、「ありがとう、柏木!」なんてまた大声。


「いや、たまたまだよ。そんなに気にしなくていいからさ」


「そんなことねぇよ、お前スゲェよ! 体重落として筋肉つけて、オマケに姪の命まで救ってくれるなんてよ!」


いや、キミのキャラの方がすごいって。

その昭和のスポ根作品みたいな熱血ぶり。

叫ばないと生きていけないみたいな在り方。


そのキャラクターを令和の御世でも貫いているんだから、物凄いと僕は思うよ?


「俺はもう、お前には一生頭が上がらないな!」


極端すぎだってば。

っていうか野球やってるとゼロか百かしかない考え方にでもなるの?

すると金子くん、姪っ子の真由美ちゃんを抱き上げて頬ずり。

学校では見られないようなダラシない顔で目尻を下げきっている。


「じゃあ、僕は急ぐから……ごめんね」


「おう、ありがとうな本当に!」


半ば強引に僕は背を向けた。

そうしないといつまでも熱血劇場に付き合わされそうだったからだ。

だけど野球部の金子くん……。


思っていた以上にいい奴みたいだ。

もしかすると陰キャ陽キャなんて仕分けは、本当は存在しないものかもしれないと妄想させられてしまう。


しかし事件はそれだけでは済まなかった。

ゴールデンウイーク終盤、やはり外の空気を吸いたくなった僕は、CDショップへと出かけていた。

やけにヘリの音がうるさい。


空を見上げると、陸上自衛隊のヘリでもドクターヘリでもないヘリコプターが飛んでいる。

つまり、あまり見たことも無いヘリコプターだった。

そして商店街に人だかりができている。


何かあったのかと思っていると、パトカーが何台も停まり不吉な赤ランプを回転させていた。

ヒーローは言う。


「つくづくキミもトラブルに巻き込まれるね」


望んでかなんかいないんだけど。

ましてそれが、人命に関わるトラブルであるなら、ぜひとも回避したいところだ。


「スマホで確認してみよう」


速報が出ているかもしれない。

などと疑うまでもなく、この商店街の一店舗で立て籠もり事件が発生しているとのことだ。

すると泣き叫ぶような、誰かを呼ぶ女の子の姿があった。


同じクラスの斎藤結子さんだ。

背が高くて、ちょっと取っつきにくいくらいのクール系美人。

近藤美奈子がかわいいの代表なら、斎藤さんは美人の代表かもしれない。


「斎藤さん!」


とりあえず声をかける。


「どうしたの!?」

斎藤さんは学校でのクールな印象とは裏腹に、すっかり取り乱していた。


「あ、柏木くん! 妹が……妹が……っ!」


「人質に取られてるの?」


僕が訊くと、彼女は何度もうなずいた。

ヒーロー……どうしよう?

僕が問いかけると、ヒーローはすでに探索に入っているようだった。


「待ってくれ、カズヤ……。どうやら犯人は猟銃で武装しているようだ……」


すると僕の耳にもはっきり聞こえた。

銃声だ。

周囲で悲鳴があがり、関係のない野次馬が一斉に騒ぎ出した。


妹を人質に取られてる斎藤さんも悲鳴を上げて、今にも卒倒しそうである。

僕に何かできることはないかな、ヒーロー?

僕が問いかけると、「その言葉を待っていたぞ、カズヤ」と頼もしい返事。


この商店街にはアーケードがあった。

警察官たちが立入禁止の規制をかけていて近づけないけれど、それは地上の話。

ヒーローは提案する。


「電柱を登って電線の上を走れば、アーケードの上にたどり着ける」


「感電したり、電線が切れたりしないかな?」


「あれでかなり丈夫にできているようだ。カズヤの体重くらいは支えてくれるさ」


ということで、まずは取り乱している斎藤さんを落ち着いてもらおう。


「安心して、斎藤さん。僕がいま妹さんを助けてあげるから」


「え?」


なによ言ってんの、コイツ。という顔をされるかと思った。

だけど斎藤さんの表情は、そうじゃない。

あまりにも予想外なことを僕が口走ったから、驚いているみたいだ。


「じゃあ、行ってくる」


そう言い残して、一旦現場を離れる。

ほんの五十メートルほど走ったところで、手頃な電柱を見つけた。


僕はコンクリート製の電柱を駆け上がる。

そう、よじ登ったりはしない。

そして電柱のてっぺんに立つと、通りをはさんだお向いの電柱がやけに近く感じられた。


オタク必携のアイテム、バンダナで顔を半分隠す。

それから助走無し、しゃがんで伸び上がって、お向いの電柱までジャンプ。

狭い円柱の頂点は、今の僕にとっては自室よりも広い着地ポイントである。


そこからアーケードの屋根に飛び移る。

本当に簡単で、朝食を取るよりも造作もない作業でしかない。

天窓の錆びたロックを外して、体操選手のようにスルリと忍び込む。


地上には楯を構えた機動隊のみなさん。

そして僕のすぐ下の窓には、猟銃を突き出した立て籠もり犯の頭頂部。

上手い具合に、人質の女の子も身を乗り出すように突き出されていた。


僕、自由落下。

女の子の身体を掴んでいる、犯人の腕を軽く蹴った。

一瞬自由になる女の子。


その身体を、怪盗よりも簡単に奪い去る。

そして一度地上に軟着陸。

そこからカエル跳びのように、二階までジャンプ。


立て籠もり犯のアゴを華麗に蹴り上げた。

意識を失った犯人も墜落しそうになる。

極悪犯ではあるけれど、このまま落ちたら死んでしまう。


それでは僕の寝覚めが悪い。

そういう趣味は無いのだけれど、これもまた抱えて地上へ軟着陸。

その身体をブロック模様の地面に横たえた。


そしてお巡りさんたちには悪いけど、女の子を抱えてまたまたカエル跳び。

群衆の頭上をひとっ飛び。

誰よりも心配していた斎藤さんの元へ。


「はい、お待たせ斎藤さん」


女の子を差し出すと、斎藤さんはポロポロ涙をこぼして女の子を抱き締めた。


「あの……お願いがあるんだけど、斎藤さん」


恩着せがましいけど、僕からお願いをひとつ。


「僕のことは内緒にしておいて欲しいんだけど……いいかな?」


え? という顔の斎藤さん。


「こんなとんでもない力を持っていること、あんまり知られたくないんだ」


あ、という顔をして斎藤さんはうなずいてくれた。

それなら最初から、人助けなんかしなきゃいいのに。

とも考えられるけど、ヒーローに憑依されるとそうも言っていられなくなる。


僕の中のジャスティスな魂が、どうしても止められなくなるんだ。

止められなくなるとはいえ、ヒーロー的活躍が動画サイトにアップされても困る。

こんな超人的身体能力を身につけても、僕は凡人。


努力の末に獲得した能力じゃない。

つまりバックボーンの無い超人でしかない。

つまりもてはやされる資格の無い人間でしかない。


スポーツ選手になりたいとか、オリンピックで金メダルを狙う資格が無い。

それに何より、そんな動画がアップされて、万が一にもヒーローが取り逃がしたという凶悪犯にでも知れてみろ。

いつ襲撃されるかわからないという恐怖に、僕は寄るも眠れなくなってしまう。


「うん、それは問題だね、カズヤ」


「わかってくれるかな、ヒーロー?」


「よし、こうしようじゃないか。今度から人助けのときには、カズヤ用のコスモスーツを着用しよう」


「コスモスーツ?」


「簡単に言うと宇宙服だよ。それならば正義の超人らしいし、なんといっても顔を隠すことができる」


そういう便利なものは早目に出しておいてもらいたかったな……。


「それはカズヤ、キミが悪い。なんだってこんな『一生に一度あるか無いか』っていう事件に二度も遭遇するんだい?」


「あえて言うならば、僕が悪い訳じゃない。たまたまだよ。……で、そのコスモスーツにはなにか特典でもついているの?」


「うむ、まずは装着時間が1ミリ秒だ」


そんな宇宙刑事もいたなぁ。

だけどヒーローは宇宙お巡りさん。

グッと格が下がってる気がする。


「他に特典は?」


「おいおい、宇宙服だぜ。何を期待してるんだ?」


「ケガをしないとか熱に耐えられるとかは?」


「あぁ、暑さ寒さには多少強いぞ」


「それだけ?」


「それだけ」


……あんまりパッとしない話しかけてだね。

これでピチピチモッコリなスーツなら、僕には拒否権があるはずだ。


そして重要なポイントだけど、帰宅して夜中までスマホで動画サイトを巡ってみたけど、事件関連の動画に僕の素顔は映っていなかった。

僕の動きが予想外すぎて、誰もカメラのフレームに収められなかったようだ。

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