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小さな活躍

敵はいつヒーローを狙って来るかわからない。

いや、ヒーローが僕と同化していることを知っているかどうか?

それすらわからない。


だがヒーローはヒーローで、僕の頭にめり込んだ宇宙船を必死に修理して、凶悪犯の居所を押さえようと必死のようだった。

そんな合間を縫って、僕にトレーニングをつけてくれているのだ。

恥ずかしいなんて考えずに、僕は蛍光灯ボクシングに励んでいた。


そう、ヒーローが言ってたけど、敵は今この瞬間にも襲ってくるかもしれない。

あるいは眠っているとき、隙だらけなときほど狙ってくるものだ。

緊張感に、さすがの僕も身が引き締まる思いだった。

そして最近の僕の変貌ぶりに、井上くんや岩崎くん、佐藤くんも驚いていた。


「ずいぶん痩せたねぇ!?」


「どうしたのさ、急に? ボクシングでも始めたのかい?」


一瞬蛍光灯ボクシングを見透かされたかと思ってドキッとする。

でもそこは冷静に。


「リングの上で世界一強い男が待ってるんだ……」


と往年の名作アニメを真似てみせる。


「相手は干せ・面倒くさーかよ!?」


「コークスクリューパンチかい!!」


「カーロスを壊した強敵だぞ。せめてこの白湯を飲んでちょうだい」


「それは日本タイトルのときだね」


すぐさま僕に調子を合わせてくれる。

これだから友だちってのは良いんだよね。

そして僕の激変に驚いていたのは、彼らだけじゃない。


「あれ!? 柏木〜〜ずいぶん痩せて……を!? しかも結構鍛えてね?」


声の大きい体育会系、いわゆる陽キャ部族の面々も僕に興味を示し初めていた。


「よくみたら制服のズボンもパンパンだし、腕の筋肉もカッチカチだぞ、コレ!」


「結構どころかかなり鍛えてるぜ、これ!」


「あぁ、春休みからちょっと自主的に筋トレをね……でも本格的に鍛えてる人には敵わないさ」


「たったそれだけでこんなに痩せるのかよ!?」


「それだけ無駄な脂肪が多かったんだよ。それに筋肉がつき始めたら、案外スルスルってね……」


「まあ、筋肉が脂肪を燃やすって言うからな、にしてもすげぇ格好いいぜ、柏木!」


へぇ、彼らも僕たち陰キャをほめたりするんだ?

まあ、普段からしんどいトレーニングに励んでいる彼らだ。

筋トレひとつ取ってもどれだけ辛いものか、それは身に沁みてわかっているはずだ。


そしてそんな話が広まると、なんだかクラスの女子たちが、こちらをチラ見してはヒソヒソと内緒話をしているように見えてきた。

って、自意識過剰だぞ、自分。

ちょっと陽キャ部族にほめられたからって、調子に乗りすぎだろ。


ところがそんなことも言っていられない事態が発生した。

昼休み、ノーアクティブな僕たちは教室の中でネット小説の注目株について盛り上がっていた時。

ひとりの女子が近づいてきたのだ。


「あの……柏木くん……」


ミッコだった。

僕のことを柏木くん、とは珍しい。

最近では「アンタ」くらいにしか呼ばれてなかったのに。


小さい頃だってせいぜい「カズちゃん」だったけど。

まあいい、そのミッコがやけにモジモジとしながら僕ひとりを見詰めている。

まるで井上くんたちが、この場にいないかのようにだ。


「柏木くん……ちょっと、イイかな?」


「あぁ、なんだい?」


僕は椅子に座ったまま。


「ちょっと……図書室まで……」


そう言ったミッコの目に、座ったままの僕に対する険がわずかに見て取れた。


「あぁ、いいよ?」


立ち上がると、その険しさは消えて達成感のような輝きが見える。

ミッコの後に続いて、図書室へ。

校内ではあまり人気の無いスポットだ。

その奥、本当に図書室の片隅という場所で、ミッコが僕に向き直る。


「あの、柏木くん……この前は、ゴメンね……。私、気が動転してて、あんなこと言っちゃって……」


この前は? ……あぁ、火事のときか。気が動転してたとか言ってるけど、あれは通常運転のミッコだろう。

で?

それをお詫びしたいとか? そんな殊勝な姿勢、この女にあったっけ?


「あの……まだ怒ってる? あのときの私の態度……」


上目遣いやら拳を口元にあてがうやら、ソワソワしてる素振りやら、とにかくミッコはいろんな仕草を見せてくる。


「いや、全然」


僕は肉丸くん時代のように接した。

つまり、これまでちっとも相手にされなかった笑顔を向けた。

するとミッコは指を開いた両手を胸の前で合わせ、「よかった……」と顔をほころばせる。


「……でね、柏木くん。あれから考えたの……」


ミッコの用件は、まだ続くようだ。


「小さい頃からずっと一緒だったのに、全然気づかなかったなって……」


おや? 子供の頃の話題はタブーだったのでは?

というか、確かに子供の頃から同じクラスというのは多かったけど、僕から距離を置いたのはミッコのはず。


「やっぱり一番なのは、柏木くんなんだなって……!」


「うんうん」


「好きなの! 大好きなの!」


「それを半月前に、僕がまだコロコロしていた頃に言ってくれたら、僕も有頂天だったろうね」


「!?」


明確な拒否が伝わったのだろう。

ミッコの顔がこわばっている。

だけど僕は僕の意見を言わせてもらう。


「ちょっと痩せてみんなからの注目を集めているから、僕に近づいたの?

コイツ、今が旬だねって。今まで見せてくれたお芝居も、この男ならこのポーズでチョロく落とせるって思ってた?

ご苦労さま、学級カースト最下層っていうのはね、人を見る目だけは肥えてるんだ」


愕然とした表情、唇がわなないている。

僕は背中を向けた。


「もう用件は済んだよね? じゃあ、さようなら」


うん、僕は心の中で少しくらいは、どんなに派手な遊びをしていてもミッコはまだ元のミッコに戻れる、と思っていた。

だけど今日ばかりは、本当に浅ましく姑息で、人の心を平気で弄ぶような人間に成り下がったのだと思い知らされた。

だから言ったんだ、「さようなら」と。


僕なんかに袖にされて、もう二度と僕と関わることなんて無いだろう。

昔のように無邪気なミッコに戻ったところで、僕にはもう関係が無い。

だから言ったんだ、さようなら近藤さん。


「な、なによ! アンタ程度ならアタシが告ったらあっさり転がされなさいよ! なによ偉そうに! ムカつくわーーっ!」


教室に戻ると、仲のいい三人組が期待を込めた眼差しで僕を迎えてくれた。

早速「近藤さん、どんな用事だったの?」と質問攻めだ。


「うん、罵られたよ」


「罵られた?」


「なんだか僕のことを最近評判のアクセサリーでもコレクションするみたいに告白してきたんだ」


「例えが分かりにくいね」


「まあ、簡単に手に入るとおもったんだろうね。でもあまりにも本音が透けて見えたからさ。アンタみたいなヤツ、チョロいんでしょって」


「ふむふむそれで?」


「お断りさせてもらったんだ」


「もったいないなぁ〜〜!」


「そうかい? 相手が飽きたらすぐにお別れなんだよ?」


「だったらその前にブチュッとかクチュッとかさ」


「彼女はそんなに簡単に自分の商品価値を下げたりしないさ」


「ってことは?」


「手も繋がせてくれないだろうね」


「そんなにお高くとまってんの?」


「間違いないね」


そう、近藤さんはそんな娘だ。

自分から恋をする娘じゃない。

あくまでも自分が「品定め」をする側。


お眼鏡にかなっても、品物に入れ込んだり愛着はもったりしない。

近藤美奈子という幼馴染は、僕の知らない間にそんな人間味の無い生き物に成長してしまったんだ。

だから……。


「いまでは僕の手にも負えないってところかな?」


「それは災難だったね」


いまだに気のいいファットマンを貫いてくれている岩崎くんが言った。


「そんな女じゃ勃たないよな」


僕を下ネタキャラとして扱ってくれる佐藤くんも笑う。


「いや、俺はオカズにだけさせてもらう!」


井上くんも冗談めかしてくれた。

陰キャに仕分けされる僕たちだけど、こうした最低限の他者への思いやりはあるものだ。

それさえ失っているように見える近藤美奈子という人間は、もはや……。


それからさらに二週間ほど。

いよいよ春の大型連休、ゴールデンウイークというものがやってくる!

陰キャな僕たちだけど、年がら年中引きこもっている訳じゃない。


ゲームの気晴らしやネットで疲れた目を休めるために、外へ出たりもする。

近所の書店の帰り道、連休で車の通りが多くなっている時間帯。


「カズヤ、あれを見ろ!」


僕の頭の中でヒーローが叫んだ。

よちよち歩き、まだ幼稚園にも入っていないような女の子が、母親の手を離れて車道へと歩き出していた。


「危ない!」


当然、自動車が迫ってきていた。

僕も駆け出そうとする。

そのとき、時間が止まった。


「あれ? ヒーロー……これは?」


「時間が止まっているように見えるだろ? だけど実際にはそうじゃない。キミの脳の処理速度がマックスになっているんだ」


だから時間が止まっているように見えるのか。


「そうだ、それでキミはどうする?」


「もちろん女の子を助けるさ」


「よし、行け!」


僕の背中を押すように、ヒーローは言った。

アスファルトを蹴って、僕は駆け出す。

だけどSF小説なんかであるように、思った通りの速度が出ない。


手足に重りをつけられたみたいに、抵抗がものすごい。

泥を漕いで歩くみたいに、もがくようにして僕は進んだ。

そしてどうにか女の子をすくい上げると、自動車はすぐそこまで迫っていた。


なんとか自動車のバンパーに足をかける。

すると時間の流れが元に戻る。

急ブレーキの音。


僕は片脚でバンパーを踏みつけて宙に飛び上がる。

女の子をしっかり抱えたまま三回転。

強靭になった足腰をフルに使って地面に軟着陸。

女の子も無事だった。

早速のブックマークありがとうございます。更新の励みとさせていただきます。

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